十年近く前の事となりますが、心躍らせ慶應義塾大学の門をくぐったことを今でも鮮明に覚えています。勢い余ってテニスや野球など複数のサークルに入りましたが、途中からは自分と波長の合った理工学部体育会の硬式野球部ひとつに絞りました。練習グランド・部室が矢上キャンパス内と近いため授業の合間に自主練を行ったり、春と夏の合宿では、練習で競うだけでは物足りず食事でも競い合ったり、部員は理工学部生が多かったので授業や実験に関して相談したりと、思い出は様々です。また、東京六大学の理工系リーグに属していたため、リーグ戦を行う中で、他大学の学生との交流や東京ドームでの開幕戦など貴重な経験ができました。

理工学部体育会硬式野球部の夏合宿です

さて、話を勉強のほうに移し、システムデザイン工学科(以下、SD工学科と呼ぶ)の一期生として、当時の授業や先生の様子を振り返ってみたいと思います。SD工学科は、主に機械工学と電気工学を専門とする先生方が力を合わせて作った学科で、機械・電気・環境がキーワードであったと思います。幅広い分野の授業が選択可能でした。当時は、学生と先生が一緒にSD工学科を作り上げていくという雰囲気で、授業のテキストは手作りのプリントが多く、先生方のやる気と熱意が伝わってきました。2年の夏のSD合宿、授業の一環である会社見学を通して、学生同士の交流、学生と先生の交流、学生と企業の交流が図られました。

授業の中で特に記憶に残っているのは3年秋学期のSD工学演習です。1グループ5人で半年かけて自律走行車を製作しました。車のフレームや駆動部などの機械設計、パソコンからの命令を駆動部に伝達する電気回路設計、各種センサからの信号を解釈して駆動部を制御するプログラム設計が求められ、今まで授業で教わった知識を総動員する必要がありました。最後の授業でグループ対抗のレースを行いましたが、勝敗よりも自分達の作った自律走行車が動いたことのほうが喜びは大きかったのを覚えています。

システムデザイン工学演習で自律走行車を製作しました

大学4年になると卒業研究に取り組みます。残念なことに私は希望の研究室を落ちてしまい、流体計測の前田・菱田研究室に配属されました。流体に苦手意識を持っていた私ですが、実際に卒業研究テーマに取り組むと、流体計測のアルゴリズム開発に面白さを感じ始めました。新しい発見でした。また、菱田先生のご紹介でスイスの国立研究所の流体部門で約二ヶ月間インターンとして働くことができ、この研究室ならではの貴重な機会を得ることができました。

スイスの研究所でインターンをしたとき(寮のルームメイトと一緒に)

修士課程に進み、微小領域(マイクロスケール)の流れ場の速度計測手法の開発に着手しました。当時、研究室の卒業生の佐藤洋平さん(現在:理工学部助教授)が、茨城県つくば市にある国立研究所でそのテーマの研究をスタートしようとしていました。微小領域の流体計測に関する研究は、当時、大学内の設備では難しかったため、研究室同期の入澤君と私の二人が、共同研究という形でつくば市の研究所に乗り込みました。つくば生活の初めの数ヶ月は、佐藤さんの寮の六畳部屋で共同生活をし、夕飯・風呂・寝床などお世話になりました。寝食を共にしながらの研究生活は、私達研究チームの結束を強め、ざっくばらんな議論を可能にしました。その後、入澤君と私は二人でつくば市にアパートを借り、研究一色の生活をする一方、大学院の授業のために矢上キャンパスとつくば市を往復する日々でした。経済的な負担はありましたが、慶應義塾大学奨学金の給費や先生方のご配慮によって、研究に集中することができました。大変感謝しております。

修士2年になると学会発表や論文に追われ、最も多忙な時期でした。学会発表や論文が苦手な私を、前田先生・菱田先生・佐藤さん、そして研究室の仲間がサポートしてくれました。埼玉での初めての学会発表は私にとって忘れられないものとなりました。繰り返し練習した成果が出て、優秀プレゼンテーション賞を受賞したのです。努力に勝るものはないと実感しました。ドイツの学会では、指導教官の前田先生がアメリカの同時多発テロの影響でハワイに足止めされてしまい、学生だけで発表・質疑応答を乗り切りました。その後の岡山での学会発表、そして国内・海外向けの投稿論文はそれぞれ高い評価を受け、後の学会賞受賞に繋がりました。苦しいことは多々ありましたが、活動的な研究室に入ったおかげで非常に密度が高い充実した時間を過ごすことができました。

大学院のときの北陸技術交流テクノフェア(福井)にて(微小領域の流体計測)

また、学生時代の私にとって遠い存在であった特許ですが、私の研究テーマで2つ特許申請しました(特許公開2003-27026局所空間平均粒子追跡法、特許公開2003-322659微小蛍光粒子を用いた電気浸透流計測法)。昨年、その特許が企業に売れたことに驚きましたが、それが即座に製品化されたことには更に驚きました。研究成果が実際の製品に活かされるというのは学生にとって非常にやりがいのあることですし、大学と企業の両方にとっても有益なことと思います。このような研究から特許、そして製品化への流れを今後も続けて欲しいと思います。

現在は、ソニー(株)でビデオカメラのカメラ信号処理LSIの開発に従事しています。職場は優秀で大らかなエンジニアが多く、忙しくても楽しく仕事ができる雰囲気です。初めて開発に携わったLSIはEIP(エンハンスド・イメージング・プロセッサ)という名で、先日発売したハンディカムHDR-HC1に搭載されています。自分の関わった製品が世に出て、一般消費者からの声を肌で感じたときは、期待と嬉しさでゾクゾクしました。これこそがメーカーのエンジニアの醍醐味でしょうね。これからも世の中をあっと驚かせるような製品を開発し続けたいと思います。

プロフィール

稲葉 靖二郎(いなば せいじろう)
(神奈川県立湘南高等学校 出身)

2000年3月
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 卒業

2001年5月
2001年度日本伝熱学会優秀プレゼンテーション賞 受賞

2002年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程 修了

2002年4月
ソニー株式会社入社 モーバイルネットワークカンパニー配属

2002年9月
第79期(2001年度)日本機械学会熱工学部門 一般表彰・講演論文表彰


受賞

2004年4月
2003年度日本機械学会賞(論文) 受賞

現在に至る

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