歯科インプラント手術シミュレータの開発

研究者

機械工学科 高野 直樹 教授

連携先

東京歯科大学 解剖学講座

 阿部 伸一 教授、松永 智 准教授
東京歯科大学 口腔インプラント学講座

 矢島 安朝 教授、本間 慎也 講師

研究の背景

歯を失った際の治療の一つとしてインプラントという選択がある。顎骨に穴をあけてインプラント体を埋入するという手術をともなうため、患者の一時の負担があるというデメリットはあるものの、審美性や咬合力という点でメリットがあるため、近年その利用が増加傾向にある。しかしながら、手術の際に、下顎骨内を走行する下歯槽神経を損傷すると顔面麻痺が残るといった問題が起きているほか、過去には下顎骨近縁を走行する血管を損傷し、死亡事例も起こっている。こうした偶発症を防ぐ取組みとして、歯科系大学においてインプラント手術におけるリスクに関する実習型教育の重要性が認識されつつある。

研究の内容

下顎骨臼歯部分には、海綿骨領域の下顎管内を走行する下歯槽神経があり、通常、インプラント体を埋入するためのドリリングは、下顎管の上方約2mmの位置まで行う。ドリリングのミスにつながる要因は、多孔質な海綿骨の骨質の正確な予測が事前のCT撮像では困難であり、かつ個体差が大きい点にある。したがって、術中の医師の力量に頼ることになるが、医師は骨質を力覚として認知していると考えられる。そこで、本研究では、下顎海綿骨ドリリング時の力覚体感システムを開発することにより、教育用の手術シミュレータを実現することを目的とする。開発したシステムは、東京歯科大学第5学年の口腔インプラント科登院実習において使用することを最終目標とする。

研究成果

手術未経験者に対するPBL教育用のシステムとして、献体に対するドリリングの模擬手術を行い、ドリリング荷重を力覚として体感することが可能な手術シミュレータを開発した。下顎管穿孔や舌側皮質骨穿孔といった重大な偶発症につながる事例の学習に有用であることがわかった。
開発した歯科インプラント手術シミュレータを東京歯科大学第5学年の口腔インプラント科登院実習において使用している様子を図1に示す。2014年度、2015年度はプロトタイプ機を用いて、それぞれ11名、24名に試行した。2016年度には100名超の学生に対して使用し、2017年度から全学生に対する使用を開始した。あわせて、2014年度には東京歯科医師会卒後研修において45名の熟練医師(平均年齢53歳)においても利用し、好評を得た。

図1 開発した歯科インプラント手術シミュレータの教育現場での利用の様子

図1 開発した歯科インプラント手術シミュレータの教育現場での利用の様子

学生に対する試行の段階で、学生の力覚の定量的な認知能力の基礎研究、および、従来教育で用いられてきた模型とのドリリング荷重、ドリリング速度との比較に関する基礎研究も行い、論文発表[1, 2]を行った。
また、開発段階で熟練医によるチューニングを行っており、その一部も論文発表[3]した。熟練医の力覚の認知能力、記憶能力に関する知見も得ることができた。さらに、後述する数値シミュレーション技術についても論文発表[4, 5]を行った。

開発した技術の概要

本システムの実現のために開発した技術は大別すると以下の2点にまとめられる。

(1) ドリリング荷重の数値シミュレーションによる予測技術の開発
ドリリング荷重の正確な予測には、海綿骨の3次元ネットワーク構造を把握する必要があるため、献体を用いたマイクロCT画像(分解能は30-50μm)に基づく3次元有限要素解析を行う。個体差と異方性を考慮した確率的予測を行うため、確率均質化法を独自に開発した[4, 5]。現在の手術シミュレータには、4献体に対して、2通りのドリリング角度に対応した計8ケースの解析結果がデータベースとして搭載されている。解析結果の荷重値は、新鮮屍体に対する熟練医のドリリング実験において計測された値によりキャリブレーションされている。

(2) 力覚体感装置の制御技術の開発
数値シミュレーションにより得たドリリング荷重値をデータベースとして有する力覚体感装置は、アクチュエータの速度を制御することにより、リアルなドリリングを模擬している。これは、複数の医師によるモニタ結果を基にチューニングされたノウハウの結晶である。横ぶれ感を補うための特殊部品も備えており、この部品はいかなるタイプのハンドピースにも装着可能なユニバーサルデザインとなっている。
これまで主観的な擬音語でしか表現がしようがなかった下顎骨の上部皮質骨から海綿骨領域にドリリングを進める際の感覚をリアルに再現することができることを実証した。教育あるいは技術伝承に貢献できるツールであるといえる。また、一般に、骨密度が低い骨質が悪い場合には数値シミュレーションが困難であるが、本装置では非常に骨質が悪く、ハンドピース本体の重量だけで力を加えずともドリリングが進行してしまうケースも再現された。
また、使用方法も簡単であり、東京歯科大学において、2016年度からは歯科医だけで装置を扱い、授業の運用ができている。

今後の展開

偶発症の約30%を占める下歯槽神経損傷をターゲットとした下顎臼歯部に対するシステムは完成したので、同様に約30%を占める上顎に対する偶発症(上顎洞内インプラント迷入、上顎洞炎)に対処すべく、上顎骨ドリリングに加え、サイナスリフト術(洞底粘膜挙上術)の研究へと発展させる計画である。

関連した科研費

挑戦的萌芽 2015年度~2017年度 研究代表者:高野直樹
「口腔インプラント手術の技術伝承を目的とした力覚体感型シミュレータの開発」

論文発表

[1] Mohammad Aimaduddin Atiq bin Kamisan, Hideaki Kinoshita, Fumiya Nakamura, Shinya Homma, Yasutomo Yajima, Satoru Matsunaga, Shinichi Abe and Naoki Takano, Quantitative Study of Force Sensing While Drilling Trabecular Bone in Oral Implant Surgery, Journal of Biomechanical Science and Engineering, 11-3, DOI:10.1299/jbse.15-00550 (9 pages), (2016).
[2] Mohammad Aimaduddin Atiq bin Kamisan, Kenichiro Yokota, Takayuki Ueno, Hideaki Kinoshita, Shinya Homma, Yasutomo Yajima, Sinichi Abe and Naoki Takano, Drilling Force and Speed for Mandibular Trabecular Bone in Oral Implant Surgery, Biomaterials and Biomechanics in Bioengineering, 3-1, pp.15-26, (2016).
[3] Hideaki Kinoshita, Masahiro Nagahata, Naoki Takano, Shinji Takemoto, Satoru Matsunaga, Shinichi Abe, Masao Yoshinari and Eiji Kawada, Development of a Drilling Simulator for Dental Implant Surgery, Journal of Dental Education, 80-1, pp.83-90, (2016).
[4] Daisuke Tawara, Masahiro Nagahata, Naoki Takano, Hideaki Kinoshita and Shinichi Abe, Probabilistic Analysis of Mechanical Behaviour of Mandibular Trabecular Bone Using a Calibrated Stochastic Homogenization Model, Acta Mechanica, 226-10, (2015), pp.3275-3287.
[5] Daisuke Tawara, Naoki Takano, Hideaki Kinoshita, Satoru Matsunaga and Shinichi Abe, Stochastic Multi-scale Finite Element Analysis of the Drilling Force of Trabecular Bone during Oral Implant Surgery, International Journal of Applied Mechanics, 8-6, 1650075 (24 pages), (2016).

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