Superfluid Fermi atomic gas as a quantum simulator for the study of the neutron-star equation of state in the low-density region

論文 Superfluid Fermi atomic gas as a quantum simulator for the study of
the neutron-star equation of state in the low-density region
著者 P. van Wyk, H. Tajima, D. Inotani, A. Ohnishi, and Y. Ohashi
掲載誌 Physical Review A 97, 013601(1-13) (2018).
DOI: 10.1103/PhysRevA.97.013601

本論文は、未だ人類が訪れることができない中性子星(neutron star)の謎に、冷却フェルミ原子ガス超流動に対する地上実験と理論を併用し挑んだものである。

半径が10 km程度でありながら太陽と同程度の質量を有する中性子星は、未だ多くの謎に包まれている。特に近年、太陽質量の2倍に匹敵する重い中性子星の存在が確認され、それにより、この高密度天体に対する従来の理論の多くが棄却されることから、その内部構造に対し多くの関心が集まっている。しかし、直接観測で得られる情報は限定的であり(現在確認されている最も近い中性子星でも地球から数百光年離れている)、中性子星を実験室で再現することも現在の技術では困難であることから、この「2太陽質量問題(two solar mass problem)」は、当該研究分野において、実験と理論が協力して解明すべき重要課題の1つになっている。

現時点の人類の科学技術の水準を鑑みるに、この問題に対する現実的な(そして実際に採用されている)アプローチは次のようなものである: 先ず、(1)中性子星の内部構造を強く反映する状態方程式(内部エネルギー密度)を理論モデルから予測、(2)これを一般相対論から得られるTolman-Oppenheimer-Volkoff (TOV)方程式に用い、中性子星の質量と半径の関係(M-R relation)を得る。(3)この結果を、観測されたM, Rと比較、(1)で仮定した内部構造に対する理論モデルの妥当性を検証する。このうち、理論研究が重要となる(1)に対しては、これまでに核子-核子散乱の実験データを再現できるモデル相互作用を使ったモンテカルロシミュレーションが行われており、その意味で少数粒子の相互作用の詳細に関しては実験的にサポートされたアプローチになっている。しかし、中性子星内部で重要と考えられる量子「多体」効果については完全に理論的挑戦となっており、それを実験的に検証する術はこれまでなかった。

この問題に対し、我々は、21世紀に入り誕生した人工量子多体系の1つ、冷却フェルミ原子ガス超流動のユニタリ領域(s波散乱長が発散するほど相互作用が強く、量子多体効果が顕著な領域)が、中性子星表面近傍の低密度領域に類似していることに着目、前者が持つ「原子間相互作用の高い制御性」という特長を駆使することでその克服を図った: 我々は先ず、NSR理論と呼ばれる強結合理論を超流動状態に拡張することで、近年、ユニタリ領域にある6Liフェルミ原子ガス超流動の絶対零度近傍で精密に測定された状態方程式(内部エネルギー)[1]を、フィッティングパラメータを一切用いることなく説明できることを示した(図左)。こうして、NSR理論がこの領域の量子多体効果を適切に扱えていることを確認したうえで、フェルミ原子ガスと中性子星低密度領域の差異である有効距離(effective range)と呼ばれる物理量の値の違い(前者では無視できるほど小さいが、後者では無視できない)による影響をNSR理論に加味することで、中性子星の状態方程式(内部エネルギー密度)を得た(図右)。得られた結果は、2つの系の類似性が期待される低密度領域(フェルミ波数pF≲1 fm-1)で従来のシミュレーション結果と良く一致する。ただし、従来の状態方程式が、2体、3体レベルの相互作用部分に対してのみ実験的なサポートが得られていたのに対し、我々の結果は、(有効距離の効果以外)量子多体効果がフェルミ原子ガス超流動での実験との比較で検証済み、という利点がある。

中性子星表面近傍の低密度領域(クラスト相)は、この天体の冷却機構やグリッチ現象などを理解するうえで重要と考えられているが、フェルミ原子ガス超流動実験と強結合理論を併用することでこの領域にアクセスできることが明らかとなったことは、こうした問題を「地上実験」で扱える可能性を示すものとして重要であると考える。また、上述した「2太陽質量問題」解決のためには星全体の状態方程式を明らかにする必要があるが、「冷却フェルミ原子ガスを用いた中性子星研究」という新しいアプローチが、今回扱った低密度領域を越え、どこまで中性子星内深部の高密度領域に迫れるか、は今後明らかにすべき興味深い問題である。

本研究に関連するその他の論文:

[1] M. Horikoshi, M. Koashi, H. Tajima, Y. Ohashi, and M. Kuwata-Gonokami, “Ground -State Thermodynamic Quantities of Homogeneous Spin-1/2 Fermions from the BCS Region to the Unitarity Limit,” Physical Review X. 7, 041004(1-15), (2017). DOI: 10.1103/PhysRevX.7.041004.

[2] H. Tajima, P. van Wyk, R Hanai, D. Kagamihara, D. Inotani, M. Horikoshi, and Yoji Ohashi, “Strong-coupling corrections to ground-state properties of a superfluid Fermi gas,”, Physical Review A. 95, 043625(1-5) (2017). DOI: 10.1103/PhysRevA.95.043625.

図の説明:左図:ユニタリ領域にある6Liフェルミ原子ガス超流動の絶対零度近傍で観測された内部エネルギーE [1]と、それを定量的に説明できる2つの強結合超流動理論(NSR(本記事の論文), ETMA[2])。平均場近似レベルのBCS-Leggett理論では実験結果を説明できない。図の縦軸は自由フェルミガスのエネルギーEFGで規格化してある。横軸のpFはフェルミ波数、asはs波散乱長。右図:フェルミ原子気体での実験との比較により妥当性が検証されたNSR理論を、中性子星に適用できるよう修正、それを用い計算された内部エネルギー密度のフェルミ波数依存性(密度はフェルミ波数の1/3乗に比例)。ユニタリ領域にあるフェルミ原子ガス超流動との類似性が期待される低密度領域(フェルミ波数pF≲1 fm-1)で、核子-核子散乱実験で決められた核子間相互作用を用いたシミュレーションによる従来の結果(□、〇、◇、△)を良く再現する。

ナビゲーションの始まり