ケシがもつモルヒネや、アオカビから発見されたペニシリンに代表されるように、ある種の生物は独特の構造や作用をもつ物質を生産します。人類は古くから、こうした物質を医薬品などに利用してきました。このような背景のもと、私は南西諸島の海洋生物を素材として、未知の物質を発見し、その価値を明らかにする研究を進めています。

研究は、素材となる生物を集めることから始まります。具体的には、沖縄や奄美大島のサンゴ礁に出かけ、そこに生息する海洋生物を集めます(図1(左))。南西諸島の干潟は、訪れる時期や場所によって、生息する生物の種類と数がガラッと変わります。そのため経験をもとに、有望なサンプルを選定することが非常に重要です。私たちは特に、春先から夏にかけて発生するシアノバクテリアという生き物に注目し、研究を進めています(図1(右))。

図1 南西諸島での試料採集(左)とシアノバクテリアの外観(右)

集めた生物は大学に持ち帰り、アルコール漬けにして含まれる成分を抽出します。この抽出エキスは膨大な種類の物質の混ざりものです。なので、注目するポイントに応じて手法を変えて成分の精製を進めます。たとえば、がん細胞の増殖を抑える作用、あるいは紫外光の吸収パターンを手掛かりとして、有用な生物作用や新しい構造をもつ成分の精製を進めます。

純粋な物質を手に入れることができると、次にその構造を決めます。様々なデータ(図2(左))を集め、互いに矛盾しないように構造を組み上げていきます。いわば“自然界から与えられたパズル”と呼べるもので、あらゆる先入観を捨て、論理的に破綻が無いよう、妥協をせずにデータを読み解いていかないと正しい構造にたどり着きません。数か月~数年も悩み続けた末に、ようやく構造が決まった瞬間は、強い達成感に心が震えます。また最近では、人工知能や高性能コンピューターの力も借りて構造決定を進めます。分子はあまりにも小さいので、その形を直接目で見ることはできません。しかし現代の高性能コンピューターを使えば、目に見えない分子の形を、かなり正確に予想することができます(図2(右))。コンピューターが予想したデータを、実際の測定データと比較することを通じて、物質の構造を明らかにしていきます。

図2 構造解析に用いるデータの例(左)と高性能コンピューター上で再現した分子構造(右)

分子の構造を解明することができたら、次にその新規性を調べます。これまでに人類が発見・合成してきた膨大な物質の情報を収録したデーターベースを利用し、同一物質の報告の有無を調べます。検索結果に“ヒットなし”の文字が出た瞬間、大きな喜びが心を包みます。未知の物質の発見者になったことを知るからです。“発見”は、論文として学術雑誌に掲載することによって人類の知の財産となります。苦労の末に見つけた大切な大切な新規物質を発表するにあたって、付加価値をつけて送り出してあげたいと願うのが発見者の親心です。そこで、様々な生物に対する作用を調べます。たとえば、がん細胞やマラリア原虫、COVID-19に対する作用です。価値を見つけることは簡単ではありませんが、時に素晴らしい作用が見つかります。最近では、2022年に報告した大きな研究成果について、プレスリリースを出しました(図3)。

図3 海洋シアノバクテリアから発見したイエゾシド構造と概要
⠀⠀⠀⠀くわしくは、以下のリンクをご覧ください。
⠀⠀⠀⠀「沖縄のサンゴ礁にすむ海洋生物から強力な細胞増殖阻害物質を発見-抗がん剤への応用が期待-」
⠀⠀⠀⠀https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2022/6/13/28-124692/

このように、私たちは自然界から未知の物質を発見し、その構造と価値を明らかにする研究を展開しています。これは、ゼロから“1”を生み(=未知の物質の存在を明らかにする)、その”1”を”10”や”100”に増やす(=物質の有用な価値を発見する)研究です。物質の構造と機能を扱う学問である化学にとって、新しい物質の存在を示すことは本質的に重要です。また、ほかの誰でもない自分自身が見つけたオリジナルな物質だからこそ、強い愛着をもって辛抱強く価値の探索を進めることができます。コバルトブルーの海が広がる南西諸島の美しい自然を舞台に、画期的な価値をもつ未知の物質の探索をこれからも進めていきます。

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