金融に関する様々な問題に対して、工学的な手法を用いて解決を試みる金融工学という学問領域が日本で確立されて約30年が経過しましたが、金融における工学的なアプローチの重要性はますます高まっています。その具体例を私の研究室で行っている株式運用に関する研究を通じて紹介します。

これまで株式運用について定量的に分析を行う際には、企業が公開する収益性や安全性に関する財務数値や過去の株価や売買代金などのデータを使用することが一般的でした。国内の上場企業だけでも約3000社あるため、これらのデータを分析して将来の収益につながる情報を抽出するためには大きなデータを解析する必要があります。しかし、近年高性能PCや大規模サーバーが安価で使用できること、テキスト解析などの新しい技術が利用できるようになったことから従来にはない新しい大規模データ(オルタナティブデータ)が使用可能となってきました。例えばニュース速報やインターネット掲示板などの文字情報、企業間の取引関係情報、役員の経歴情報、衛星画像情報などです。これらのオルタナティブデータをいち早く分析することで、これまで以上に収益につながる情報を抽出できる可能性があり、世界中の金融機関や研究者がそれらのデータを探索し、解析しています。

ここでオルタナティブデータを使った私の研究を2つ紹介します。1つ目は企業間取引情報という企業ごとの取引先企業のデータです。従来、企業の年間もしくは3ヵ月間の業績がデータとして入手できましたが、どの会社との取引で得られた利益かまで分かるようになりました。図1の左図は業種に集約した取引関係情報を図示したものですが、このようなネットワークがグローバルな数万の企業間で構築されています。企業間の取引関係は株価の動きにも影響を及ぼします。我々の研究ではネットワーク分析という手法を用いて取引ネットワーク構造を解析することで、株式投資の将来の収益に影響を与える情報を抽出しました。グローバルの株式市場でその成果を検証した結果が図1の右図ですが、過去のデータを用いた投資シミュレーションでは市場ベンチマークを超える安定的な株価パフォーマンスを得ることが出来ました。

図1:企業間取引情報の例

2つ目は会社四季報という企業業績情報誌のテキスト解析です。世の中にはニュースや新聞、掲示板など様々なテキスト情報がありますが、多くの投資家が注目している業績情報誌として会社四季報があります。図2の左図に2020年のトヨタ自動車の業績情報を掲載しましたが、ここには企業アナリストの将来の見通しが業績コメントとして記載されています。我々の研究では、全上場企業のコメントに対しテキスト解析手法を用いて投資情報を抽出する方法を提案しました。国内株式市場でその効果を検証したのが図2の右図になりますが、投資シミュレーションではこちらも市場ベンチマークを超える安定的な株価パフォーマンスを得ることが出来ました。

図2:四季報解析の例

このようにオルタナティブデータを適切に解析することで株式投資に有用な情報を抽出できることが理解できたかと思います。ただしこのような分析を行うためには企業や投資に関する様々な知識が必要なだけでなく、大規模なデータを扱うためのプログラミングや統計解析のスキルが必要となります。近年ではこのような技術を持つ人をデータサイエンティストと呼び、金融機関などで重要視されています。

技術の進歩とともに金融の世界で取り扱える情報も日々大きくなっています。そのような情報を自由に取り扱い、重要な情報を抽出できる工学的な能力が今後も必要不可欠なのです。

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