新型コロナウイルスCOVID-19の話題が出始めて僅か3ヶ月後の2020年3月には、感染は世界の113の国・地域に拡大し、感染者は12万人を超え、WHO(世界保健機構)は世界的な大流行を意味するパンデミック宣言を出しました。世界的な大流行といえば、2009年の新型インフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09が多くの方の記憶に新しいのではないでしょうか。2009年4月に米国とメキシコで豚由来の新型インフルエンザウイルスによる感染者が確認され、二ヶ月後の6月には約60の国・地域で2万5千人を超える患者が確認され、パンデミック宣言が出されました。

現代社会の感染症の特徴は、飛行機などの交通機関の発達により、短期間に世界中で感染が拡大することです。そこでグローバル感染症という概念が生まれてきました。新型コロナウイルスは現在進行であり、世界中での感染拡大は予断を許さない状況です。新型コロナウイルスの様な騒動にはなっていませんが、新型インフルエンザウイルスとして鳥由来のH5やH7亜型の高病原性ウイルスが発生しており、それがヒトに感染する例が報告されています。我々の周りには新たなウイルス感染の危機が潜んでいることになります。

新型ウイルスの発生時には、人的被害に加えて経済損失も大きくなります。そこで、感染拡大を防ぐためには危機管理が重要になってきます。そのための危機管理は大きく次の3つに分けることができます。

  • ワクチン
  • 治療薬
  • サーベイランス(調査監視)

ワクチンは多くの感染症において有効であるものの、新型ウイルスの場合にはワクチンの供給までに時間がかかるのが問題となっています。そのために、ワクチン供給までの期間を短縮するための技術開発が求められています。

治療薬としては、細菌には抗生物質、ウイルスには抗ウイルス薬が使われています。抗ウイルス薬の開発のために感染機構の解明が行われてきました。例えば、インフルエンザウイルスの感染には、①糖鎖認識による細胞内への侵入、②ウイルス遺伝子の複製、③ウイルス粒子の出芽の三つのプロセスが知られています(図)。現在の抗インフルエンザ薬は②と③に対する阻害剤です。しかしながら既存薬に対する耐性ウイルスの出現が問題になっています。我々は、①の細胞内への侵入を阻害するペプチドの開発を行ってきました。耐性ウイルスの出現を考えると、作用機序の異なる治療薬の開発を行うことが必要となってきます。

図 インフルエンザウイルスが宿主細胞内で増殖するメカニズム。①の過程のヘマグルチニンの阻害剤を佐藤らが開発中。②のRNAポリメラーゼの阻害剤としてゾフルーザやアビガン、③のシアリダーゼの阻害剤としてタミフル、リレンザ、イナビル、ラピアクタが治療薬として使用されています。

三つ目のサーベイランスでは、新型ウイルスの出現を調査監視する技術の進歩が求められています。病院でのインフルエンザの診断では、簡易検査キットが広く用いられています。しかしながら、診断の精度を高めるために検出感度の向上が課題となっており、高感度化のための装置開発が行われています。我々は、インフルエンザウイルスに親和性を有するオリゴ糖やペプチドのような中分子を使った新たな検出システムを開発しています。特に、ペプチドを提示したウイルスセンサーを開発しており、電気化学的方法によりウイルスを高感度に検出することに成功しました。現在、実用化を目指して研究を進めています。そのシステムを利用して、将来的なパンデミックに対応するために鳥インフルエンザウイルスの検出システムの開発も開始しました。

新型コロナウイルスの発生により経験した様に、新型ウイルスの出現により社会活動は大きな影響を受けてしまいます。グローバル感染症に対する危機管理において、人類はどのように対応していくのかは今後の大きな課題であり、理工学分野の科学技術の貢献が大いに期待されています。

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