小さいは正義である。小さいと持てる。運べる。貼り付けられる。飲み込める。植え込める。

我々は常に携帯電話を携帯している。電話と言わずとも携帯といえば携帯電話だ。肌身離さず、もいつしか比喩ではなくなった。1980年代に登場した初めての携帯電話はショルダーフォン(肩掛け電話)と呼ばれていた。その後スマートフォンが登場するまで、携帯電話はこぞって小型化した。あまりに小さくなりすぎて、友人のアメリカ人は電源ボタンを押せなくなった。携帯電話が小さくなったのは、部品が小さくなったからである。スマートフォンが登場し、携帯電話の大きさが落ち着いても、部品はどんどん小さくなった。今度は、載せられる部品の数が増えていった。携帯電話の高機能化、多機能化が進んでいる。

医療機器も小さい方がいい。SF古典『ミクロの決死圏』のような体内侵入型手術ロボット、植え込める人工臓器、飲み込める内視鏡、貼り付けられるバイタルセンサ。我々の研究室では東京医科大の菅野義彦腎臓内科主任教授と人工腎臓(写真)の研究を行っている[1]。透析治療を受ける腎臓病患者の方々の通院回数を減らし、水分摂取制限を緩和し、QOL(生活の質)を格段に向上する。飲み込めるカプセル内視鏡はすでに実用化されているが、その補助電源となる胃酸発電池の開発を行った[2]。現在同様の原理を使った電池が、服薬を管理できるデジタルメディスンの電源となっている。その他、脳波検出電極や、視線検出眼鏡などの開発を行っている。

小さいは時に正義ではない。小さいボタンを私の友人は押すことができなかった。小さいトイレットペーパーはむしろ悪である。

そして小さいだけでも正義ではない。医療機器を患者まで届けるには、動物実験、厳しい安全性試験、臨床試験をクリアし、医療機器として承認を受けなければならない。それにはベンチャーの起業も必要かもしれない。開発した脳波電極の優位性を示すためには、高品質な脳波の計測はもちろん、計測した脳波の有用性も実証しなくてはならない。そのために文学部心理学教室の皆川泰代教授や、東京芸術大学美術学部先端芸術表現科の古川聖教授と共同研究を行っている。

スーパー戦隊しかり、プリキュアしかり、昔から正義の味方はチームで戦うものである。マイクロ・ナノ工学、医学、バイオ、情報、認知科学、心理学、メディアアート、ビジネス、倫理学…。我々は様々な分野の方々とチームを組み、研究を行っている。小さいを大きな正義にするために。

[1] Y. Kanno, N. Miki, Development of a nanotechnology-based dialysis device, Contributions to Nephrology, 177, 177-183, 2012.
[2] H. Jimbo, N. Miki, Gastric-Fluid-Utilizing Micro Battery for Micro Medical Devices, Sensers and Actuators B: Chemical, 134, 219-224, 2008.

インプラント人工腎臓の動物実験用プロトタイプ。ヒトに適用するときは厚さが数cmになる予定。

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