モノクロ、という言葉をご存じでしょうか。高精細で色調豊かなディスプレイが身のまわりにあふれる時代になりましたが、モノクロは単色を示し、モノクローム(monochrome)を略したものです。テレビも写真もモノクロから始まりました。この言葉の「クローム」の部分はギリシャ語に由来し、おもに「色」を意味します。ひとくちに色といっても、まさしくいろいろな色がありますが、とくに可視光線のスペクトルに現れる単一あるいは極狭い範囲の波長をもつ色のことをchromatic colorといい、赤、黄、緑、青などに相当します。元素記号Crのクロムもまた同じ語源をもちます。Crイオンが酸化状態によっていろいろな色を示すためです。ルビーの赤色、ゴッホのひまわりの黄色、ともにCrイオンの呈色です。

私たちの研究室では、物質の色の変化(クロミズム)に注目した研究をしています。物質に光があたると色が変わる現象をフォトクロミズム、物質に電圧をかけると色が変わる現象をエレクトロクロミズムといい、それぞれ紫外線を感じて着色するめがねのレンズや強い太陽光を浴びながら上空を飛ぶ飛行機の調光窓などに利用されています。これらの現象は、光照射や電圧印加によって物質の結晶構造や電子構造が変化し、その結果として光吸収特性が変わることに基づいています。なお、物質が吸収した光は目には見えず、吸収されなかった光が目に届きます。これに対し、いま私たちが目指しているのは、物質の発光特性の変化です。これをフルオロクロミズムといいます。光吸収と違い、発光はそのままの色が直接目に届くため、より高感度なクロミズムが期待できます。代表的な発光物質である蛍光体を用いて、特定の化学的環境におかれたときに光るようになったり逆に光らなくなったり、さらには光の色が変わったりするような材料を私たちはつくっています。図1は酸化還元反応に応答する緑色蛍光体を石英ガラスにコートしたもので、酸化剤の存在下で消光し、還元剤の存在下で発光が復活する様子がわかります。

蛍光体は、結晶性の無機物質であり、材料としては数多くの結晶粒子の集合体です。化学的なフルオロクロミズムは、個々の粒子の表面でおこる化学反応の結果として発現するため、できるだけ表面積の大きい材料の微細構造をつくることが必要です。そのために、私たちはゾル-ゲル法、水熱法、金属-有機構造体の熱分解法など、様々な無機化学の手法を駆使して、ひとつひとつの粒子の大きさがナノからマイクロメートルのスケールをもつフルオロクロミック材料を合成しています(図2)。化学的環境に応答しやすい材料をつくることによって、例えば、有害あるいは危険な化学物質を即座に簡便に検出できる化学センサを実現することができます。人を快適にするクロミズムから人の安全を守るクロミズムへ、そんなことを心に留めながら研究を続けています。

図1. ゾル-ゲル法によって石英ガラス基板にコートした緑色蛍光体(CePO4:Tb3+)薄膜の酸化還元応答性(波長302 nmの紫外線照射下で撮影)。

図2.当研究室で作製した種々のフルオロクロミック材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真。

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