すべての物質は原子からできています。原子は、化学変化でそれ以上分けることのできない最小の粒子です。丸い小さなボールを空間に密集させて結晶を表した図、ボールをつないで分子を表した図を教科書で見たことがあるでしょう。しかし、実際に原子が並んだ様子を見たことがある人はほとんどいないのではないでしょうか?

原子はとても小さい粒子です。10億分の1 m (1 nm)よりも少し小さい。光の波長が約200万分の1 m (500 nm)ですから、光学顕微鏡では見ることのできない世界です。

この原子の世界を見ることができる顕微鏡の1つに、走査型トンネル顕微鏡(STM)があります。この顕微鏡では表面を“なぞって”凹凸を検出します。先端が原子1個になるまで尖らせた金属の針を、見たい表面に近づけます。針が1 nm程度まで近づくと、量子力学的な効果によって、くっついていないのに電流が流れます。これをトンネル電流と呼びます。電流値は針先と表面の間の距離に指数関数的に依存します。つまり、針を動かしながら電流値を読み取れば、その場所での針と試料間の距離が分かるため、表面の細かい凹凸、つまり原子の並びを観察できるのです。その一例を図1に示します。確かに丸いボールが並んだように見えます。中には原子が抜けたところ(空孔)や他の物(原子または分子)が吸着しているところも見られます。ちなみに、写真ではないのでSTM像の色は実際のものではなく、自分たちでそれらしいものを選んでいます。

図1 酸化鉄のSTM像。規則正しく並ぶ粒が鉄原子。粒が抜けて暗い箇所は空孔。
明るい点は不純物が吸着している様子を表している。

このように原子の世界を見せてくれるSTMは、図2のような大きな装置であることが大半です。顕微鏡本体は1兆分の1気圧という宇宙空間並みの真空に置かれています。大気中の酸素や窒素、水蒸気などが表面に付着すると、材料の原子1個1個を見るには邪魔になります。建物は通常数十マイクロメートル程度(原子の凹凸の10万~100万倍!)で振動しています。そのため、真空装置全体を除振台と呼ばれる架台の上に置き、床からふわふわと浮いた状態にします。さらに、表面にある原子や吸着した分子が室温の熱エネルギーで動き回って困る場合は、液体窒素や液体ヘリウムで顕微鏡を冷やします。つまり凍らせた表面を見るのです。

写真にある顕微鏡は、私が国立研究所で研究員をしていたときに製作し矢上へ運びました。実はもう一台新しい装置を製作中です。設計図を描いて、部品を組み立て、配線して、出来上がった顕微鏡でデータを取ります。新しい原理で動作する次世代のナノ電子材料、省エネに貢献する触媒、環境問題を解決できるかもしれないガス貯蔵のための新素材など、見たいものは山ほどあります。

図2 超高真空低温走査型トンネル顕微鏡装置の写真。

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