実数は「数直線」を用いて視覚的に表現できますが、数直線上には異なる種類の数が入り混じって並んでいます。例えば、分数で表せる数とそうでない数が数直線上にあります。前者を有理数、後者を無理数と呼びます。例を挙げると\( \ \frac{2}{3} \ \)は有理数、\( \sqrt{2} \ \)および円周率\( \ \pi\ \)は無理数です。しかし、次のように考えると\( \ \frac{2}{3} \ \)と\( \ \sqrt{2} \ \)は同じタイプの数であり、\( \pi\ \)はこれらとは異なるタイプの数だと分かります。まず、\( \frac{2}{3} \ \)は 3 倍すると 2 となります。言い換えると、\( \frac{2}{3} \ \)は多項式\( \ 3x\ -2 \ \)に代入すると値が 0 になる数ということです。次に、\( \sqrt{2} \ \)は 2 乗すると 2 となる数です。これは言い換えると、多項式\( \ x^2-2 \ \)に代入すると値が 0 になる数ということです。このように整数係数の多項式\( \ {f(x)}\ \)に代入すると値が 0 になる数のことを代数的数といいます。一方、\( \pi\ \)は代数的数ではないことが知られています。つまり、\( \pi \ \)は整数係数のどんなに複雑な多項式\( \ {f(x)}\ \ \)に代入しても\( \ f(\pi)= \ \ \ 0 \ \)とはならないのです。このように整数係数のいかなる多項式\(\ {f(x)}\ \)に代入しても値が 0 にならない数のことを超越数と呼びます(図1参照)。

図1

超越数を\( \ \pi \ \)のような文字ではなく具体的な数字で表そうとすると無限級数が必要になります。無限級数の一番身近なものは小数による表示です。\( \sqrt{2} \ \)と\( \ \pi \ \)をそれぞれ、小数と無限級数で表すと以下のようになります。

\( \sqrt{2} \ = \ 1.414213562373… \ = \ 1+\frac{4}{10}+\frac{1}{10^2}+\frac{4}{10^3}+\frac{2}{10^4}+\frac{1}{10^5}+\frac{3}{10^6}+\frac{5}{10^7}+\frac{6}{10^8}+\frac{2}{10^9}+\frac{3}{10^{10}}+\frac{7}{10^{11}}+\frac{3}{10^{12}}+… \)
\( \ \pi \ \ = \ 3.141592653589… \ = \ 3+\frac{1}{10}+\frac{4}{10^2}+\frac{1}{10^3}+\frac{5}{10^4}+\frac{9}{10^5}+\frac{2}{10^6}+\frac{6}{10^7}+\frac{5}{10^8}+\frac{3}{10^9}+\frac{5}{10^{10}}+\frac{8}{10^{11}}+\frac{9}{10^{12}}+… \)

これらの小数の各桁に現れる数字の並び方はランダムで規則性を見出すことはできません。\( \sqrt{2} \ \)と\( \ \pi \ \)の場合からも分かるように(規則性のない)小数による表示から代数的数と超越数を区別することは非常に困難です。

そこで見方を変えて、小数の各桁への数字の現れ方に何らかの規則性があるような実数の中から超越数を発見することを考えます。話を簡単にするために、ここでは 0 と 1 のみで表示される小数に限定します。以下の例では見やすくするために 1 が小数点以下何桁目に現れているかを 1 のすぐ上に赤い数字で表しています。例えば、次のような小数および無限級数で表示される数

\begin{eqnarray} \theta_{1}\ &=& 0. \stackrel{ \color{red}{1} }{ 1 } \stackrel{ \color{red}{2} }{ 1 } \stackrel{ \color{red}{3} }{ 1 } 0 \stackrel{ \color{red}{5} }{ 1 } 00 \stackrel{ \color{red}{8} }{ 1 } 0000 \stackrel{ \color{red}{13} }{ 1 } 0000000 \stackrel{ \color{red}{21} }{ 1 } 000000000000 \stackrel{ \color{red}{34} }{ 1 } 00000000000000000000 \stackrel{ \color{red}{55} }{ 1 } 00000000… \\ &=& \frac{1}{10^{ \color{red}{1} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{2} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{3} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{5} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{8} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{13} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{21} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{34} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{55} }}+… \end{eqnarray}
は超越数になります。ここで、1 が現れる桁は 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, ... で、これは有名なフィボナッチ数列(隣り合う 2 項を足すと次の項が得られる数列)です。

ところで、超越数がひとつ得られると、それを多項式に代入したり逆数や平方根をとったりして次々と異なる超越数が作り出されます。興味深い事実は、このような操作でひとつの超越数から新たに作り出される超越数たちは超越数全体から見れば微々たるものに過ぎないということです。このことを説明するために次のような概念があります。例えば、\( \sqrt{\pi} \ \)と\( \ \pi \ \)を 2 変数の多項式\(\ x^2 - y \ \)に代入すると値が 0 になります。このように、複数の変数を持つ多項式で結び付けられる関係にある数たちは代数的従属であると言われます。反対に、どんな多項式を使っても結び付けられない数たちは代数的独立であると言われます。例えば、上記の\(\ \theta_{1}\ \)と、次のような小数および無限級数で表される数\(\ \theta_{2}\ \)は代数的独立であることが当研究室で扱っている理論を用いると分かります。

\begin{eqnarray} \theta_{2}\ &=& 0.0 \stackrel{ \color{red}{2} }{ 1 } 0 \stackrel{ \color{red}{4} }{ 1 } 0 \stackrel{ \color{red}{6} }{ 1 } 000 \stackrel{ \color{red}{10} }{ 1 } 00000 \stackrel{ \color{red}{16} }{ 1 } 000000000 \stackrel{ \color{red}{26} }{ 1 } 000000000000000 \stackrel{ \color{red}{42} }{ 1 } 0000000000000000000000000 \stackrel{ \color{red}{68} }{ 1 } 0… \\ &=& \frac{1}{10^{ \color{red}{2} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{4} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{6} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{10} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{16} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{26} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{42} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{68} }}+… \end{eqnarray}
ここで、1 が現れる桁はフィボナッチ数列の各項を 2 倍した数列 2, 4, 6, 10, 16, 26, 42, 68, ... です。さらに、\(\theta_{1}\ \)と\(\ \theta_{2}\ \)および、次のような小数および無限級数で表される数\(\ \theta_{3}\ \)を一緒に考えると、これら 3 つの数たちが代数的独立であることも同様に示されます。

\begin{eqnarray} \theta_{3}\ &=& 0.00 \stackrel{ \color{red}{3} }{ 1 } 00 \stackrel{ \color{red}{6} }{ 1 } 00 \stackrel{ \color{red}{9} }{ 1 } 00000 \stackrel{ \color{red}{15} }{ 1 } 00000000 \stackrel{ \color{red}{24} }{ 1 } 00000000000000 \stackrel{ \color{red}{39} }{ 1 } 0000000000000000000000 \stackrel{ \color{red}{63} }{ 1 } 000… \\ &=& \frac{1}{10^{ \color{red}{3} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{6} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{9} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{15} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{24} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{39} }}+\frac{1}{10^{ \color{red}{63} }}+… \end{eqnarray}
ここで、1 が現れる桁はフィボナッチ数列の各項を 3 倍した数列 3, 6, 9, 15, 24, 39, 63, ... です。\(\theta_{1}\ \)、\(\theta_{2}\ \)、\(\theta_{3}\ \)が代数的独立であることは、\(\theta_{1}\ \)と\(\ \theta_{2}\ \)からどのような四則演算や平方根などをとる計算を繰り返しても\(\ \theta_{3}\ \)は得られないことを意味します。同様に\(\ \theta_{n}\ \)までの数を作ると、\(\theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \),…, \(\theta_{n}\ \)も代数的独立となることが分かります(\(\ \theta_{n}\ \)の小数表示には、フィボナッチ数列の各項を\(\ n\ \)倍した数列に対応する桁にのみ 1 が現れます)。

代数的独立な超越数たちは、例えて言うなら未知の部分が多い超越数の世界での道しるべや灯台の役割を果たします。そのような意味で上記の研究がどのように役立つかご説明します。変数\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)の整数係数の多項式\(\ {P_{1}}\ \)(\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)),\(\ {P_{2}}\ \)(\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \ \)),…,\(\ {P_{m}}\ \)(\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)) を考えます。ここで、変数\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)は何個あってもよいことがポイントです。また、これらの多項式は互いに異なってさえいればよい、即ち、すべての異なる番号\(\ i\ \)と\(\ j\ \)に対して\(\ {P_{i}}\ \)(\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)) - \( {P_{j}}\ \)(\(\ {X_{1}}\ \), \( {X_{2}}\ \),…, \( {X_{n}}\ \)) ≠ 0 であるとします。これらの多項式に\(\ \theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \),…, \(\theta_{n}\ \)を代入して得られる値\(\ {P_{1}}\ \)(\(\ \theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \) ,…, \(\theta_{n}\ \)),\(\ {P_{2}}\ \)(\(\ \theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \) ,…, \(\theta_{n}\ \ \)),…,\(\ {P_{m}}\ \)(\(\ \theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \) ,…, \(\theta_{n}\ \)) は\(\ n\ \)と\(\ m\ \)がどんなに大きくてもすべて異なる超越数となり、超越数の実例を同時に大量に作り出すことができるのです。

実は、\(\theta_{1}\ \), \(\theta_{2}\ \),…, \(\theta_{n}\ \)が代数的独立となる背景には次のような「仕組み」が隠れています。

● 小数での表示において 0 が続く部分がどんどん長くなる。
● フィボナッチ数列の各項を 2 倍、3 倍、4 倍、・・・として作られる数列はどれも元のフィボナッチ数列の一部分にはならない(等比数列 2, 4, 8, 16, 32, 64, ... の各項を 2 倍したり 4 倍したりした場合とは異なる)。

この例をはじめとして、代数的独立な超越数を効率よく得られるような「仕組み」を明らかにすることが当研究室のテーマのひとつです。フィボナッチ数列のようなひとつの数列から代数的独立な超越数をたくさん得られる仕組みの解明が、数の世界を探索するための足がかりとなるのです。

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