私の研究室では、企業のさまざまな戦略的問題に対して、ゲーム理論を通じてインサイト(示唆)を与える研究を行っています。「ゲーム理論を通じて」というところがポイントで、基本的に実データは扱いません。過去の事例やデータに縛られることなく、数理モデルを使って論理だけで「こういう状況であるならば、こうした方が良い」というメッセージを得ることを目的としています。

具体的に最近行った研究のお話をしたいと思いますが、その前に準備として以下のような問題設定を考えます。

2つの企業がそれぞれ新製品を1種類ずつ提供することを考えている。消費者は製品の品質と価格に基づき、気に入った方の製品だけを1つ購入する。品質と価格のどちらをどれぐらい重視するかは人によって千差万別である。また、品質を上げればそれに応じた費用がかかる。このもとで、それぞれの企業は自身の利潤を最大にするために、提供する製品の品質と価格をどのようにしたら良いか?

さて、この問題をゲーム理論のモデルによって解くと、「高品質・高価格の製品を提供する企業と低品質・低価格の製品を提供する企業とに分かれる(差別化する)ことがお互いにとって合理的」であり、かつその時の利潤は「高品質・高価格の製品」を提供する企業の方が高い、という結果を得ることができます(*)。この結果によって、ハイエンドな商品の有利性を非常にクリアに理解することができますが、もちろん、これは前提とセットです。消費者の品質/価格志向の分布や費用構造の仮定が大きく変われば結果も当然変わります。しかし、例えば「価格志向の消費者が非常に多ければ低品質の製品を出す企業の方が有利となる」というような「ほぼ当たり前のこと」を示してもインサイトとは言い難く、またケース・スタディではないので、特定の現実に合わせるべくモデルを精緻にすることも本質ではありません。いたずらにモデルを複雑にすることは、理屈の観察をブラックボックス化することになるので避けなければなりません。

それでも関連研究は続々と発表され続けています。しかし私は、ほとんどの研究が「品質に比例した費用を負担することで、新製品の品質は自由に決められる」ことを前提としている点に注目し、ここに制限を加えたモデルを大学院生と一緒に考えました。つまり、現実の多くの企業は既に自社のコア製品を持っており、それをもとにして新製品を開発しています。しかし、その既存製品から品質を大幅に変えることは、例え品質を下げることであっても、ブランドイメージの毀損への懸念や、あるいは諸々の体制変更等が伴えば自社のカルチャーとの闘いにもつながり容易なことではありません。すなわち「変わることは難しい」。我々はこれを「リポジショニング・コスト」と呼び、既存製品の品質からの乖離(高低に関わらず)に応じて増大する費用として定義し、新たにモデルに組み込みました。

そのもとでモデルを解くと、企業にとってリポジショニングのハードルが高い場合、すごく高品質な既存製品を持つ企業は、ハイエンドな製品を提供しながらも多くの需要をローエンドの製品に奪われ低利潤となってしまうことが分かりました。リポジショニングが難しく市場ニーズに合った品質に調整することができないため割高な製品となり、一方で競合にリーズナブルな製品を提供することを許してしまうからです。「変われない」ことが見事に仇になっています(左図)。

しかし一方で、既存製品の品質がもう少し適度なレベルであるときは、逆にリポジショニングのハードルが企業を有利にします。これは競合に対して「自分は変わらない」というメッセージを送ることになり、結果的に相手の方が差別化のために品質を下げるからです(右図)。ここで重要なことは「絶対に変わらない」と相手に確信させることです。そのメッセージが伝わらないと相手との互角の競争になるので、そこまでは利潤を稼げません。

一連の結果はもちろん、1つの示唆を提供しているに過ぎず、現実の問題解決にどの程度役立つと捉えるかは人それぞれかと思います。しかし、現実に縛られず多様なモノの見方の引き出しを増やしてくれたり、あるいは意図に迫ることで、時にデータからは分かり難い現実のモヤモヤした姿をクリアにしてくれることはとても魅力的です。また学生さんが、やがて身をおくビジネスの世界に思いを馳せつつ、これまで培ってきた数学の力を遺憾なく発揮して研究を進められることも大変にありがたいことで、これまでも二人三脚で多くの論文を発表してきました。これからも、洗練されたインサイトの獲得に貢献できるよう、研究室の皆で頑張っていきたいと思います。

(*)そのようになる理由は、同じような品質の製品を提供すると両者で価格競争が熾烈になってしまうので、価格志向の強い消費者がいるもとでは、利幅が小さくとも相手と異なる消費者をターゲットとする方が利潤を得ることができる。しかし結果的には、「高くても良いから品質が欲しい」という品質志向の消費者を相手にしている企業の方が高価格をつけることができ、利潤を多く得ることができるからです。

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