脳という臓器は不思議です。私たちの頭蓋骨のなかにすっぽりと収まっていて、一見するとなにをしているのかよくわからない。肉眼でみるだけでは、白く柔らかい豆腐のような塊にしかみえません。しかし19世紀に活躍した神経解剖学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハールやカミッロ・ゴルジは、この塊のなかに神経細胞と呼ばれるわずか数ミクロン程度の大きさの細胞が網を張っていることを見出しました。神経細胞から四方八方に伸びている枝のような突起物は、周囲にある他の神経細胞につながっていて、この中を電流や化学物質が瞬時に流れることで様々な情報が計算処理されています。脳とはネットワークであり、計算機だったのです。

脳にはもう一つ不思議な特徴があります。それは、神経同士を結ぶその枝がつなぎ換えを起こしたり、つながりの強さを変えたりして、神経ネットワークを構成し直す能力があるということです。こうした性質のことを「可塑性」と言います。脳に可塑性という性質があることで、脳卒中や頭部外傷によって生じた脳の傷を迂回するように神経ネットワークが再構成され、ある程度小さな機能障害であればこれを治すことができます。

このように、可塑性という脳の性質は事故や病気が原因で生じてしまった脳機能障害を治すために欠かせない要素ですが、残念ながら私たちはまだその仕組みや操作のしかたをあまりよく知りません。しかも大人の脳はとても頑固で、子供の脳、あるいはネズミやサルといった動物の脳で見られるような大規模な可塑性は、そう簡単には起きません。脳卒中や頭部外傷からの完全な回復がなかなか難しいのは、そのことが原因です。

それでも私たちの研究室は、この「大人の脳にある可塑性」の仕組みを解き明かす挑戦を続けています。頭部に128チャンネルもの脳波電極を貼り巡らせて電気的脳活動を高精密に分析したり(図1;Hasegawa et al. J Neuroeng Rehabil 2017)、病院と提携してMRIを利用し、深部も含めて2mmの細かさで脳組織の構造や機能を分析したりしています(図2;Kodama et al. Front Hum Neurosci 2018)。 また、リアルタイムに検出した脳活動に応じてウェアラブルロボットを駆動する「ブレイン・マシン・インターフェース」(図3)を使った研究では、これまでは治療困難とされてきた脳卒中重度片麻痺の回復を誘導することに成功するなど、少しずつ成果が出てきました(Takasaki et al. The Annual BCI Award 2017 Top 12 Nominees; Nishimoto et al. J Rehabil Med 2018; Mukaino et al. J Rehabil Med 2014; Shindo et al. J Rehabil Med 2011)。

理工学の知識を総動員しながら脳科学に取り組み、可塑性の秘密に迫る。これによって、今までの医療では治せないとされてきた重度神経障害を「治せる障害」に変えていく。みんなが無理だろうと思っていることにこそ、夢があり、驚きがあり、技術革新があります。未来を創るのは、僕たちだ。そんなふうに、科学の力を信じて迷妄なく歩まんとする皆さんを、私たちは歓迎します。ぜひ一度、ロマンあふれるこの分野に足を踏み入れてみてください。

図1 高密度脳波計による脳活動の計測

図2 MRIを用いた脳構造の分析(Kodama et al. Front Hum Neurosci 2018(DOI: 10.3389/fnhum.2018.00209)より引用

図3 ブレイン・マシン・インターフェースによる脳卒中片麻痺上肢の運動訓練(Nishimoto et al. J Rehabil Med 2018(DOI: 10.2340/16501977-2275)より引用)

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