2016年の暮れ、小学校の先生が3.9 + 5.1 = 9.0と書かれた答案を減点して話題になりました。今やタレントの林修氏や数学者まで登場して擁護派、反対派が持論を展開していましたが、数学では9.0 = 9であることに異論はなく、教育上の議論でした。一方、工学や自然科学では9と9.0は区別して使われます。9.0は8.95から9.05の範囲を示し、8.5から9.5を示す9とは異なります。

測定は自然科学の第一歩です。実験のレポートで電卓の答えをそのまま写して怒られたことはないですか?測定した量が何桁目まで信用できるのかは測定値に劣らず重要です。測定の不確かさを小さくするために装置を工夫し、測定を繰り返して統計処理を行い、排除しきれない不確かさ(例えば物差しの不確かさ)を検討するまでが測定です。

周波数は現在最も正確に測定できる物理量です。これは不確かさの小さな周波数の標準(基準、物差し)が得られるためです。気体の原子分子に光や電波を照射すると鋭い吸収スペクトル線が観測され、その中心周波数は時刻や場所によらず一定です。このため原子分子のスペクトル線は優れた標準になります。現在、1秒は電波領域にあるセシウム原子のスペクトル線で定義され、これを標準として使えば有効数字15桁の測定ができます。

我々のグループでは、分子の振動運動で生じる赤外線領域の吸収スペクトル線を観測し、その中心周波数を有効数字11桁で測定しています。図1は観測されたメタン分子の吸収スペクトルです。共鳴スペクトル線の幅は約300 kHz、中心周波数は(88 376 181 600.3± 2.1)kHzと測定されました。これは分解能(スペクトル線の鋭さ)2.9 x 108、周波数の相対不確かさ2.4 x 10–11です。このような高精度の周波数測定が先進国の標準研究所以外でもできるようになったのは、光周波数コム(電波領域の周波数標準を光領域でも使えるようにした装置、開発者達は2005年度ノーベル物理学賞を受賞)、および、スマホやカーナビに位置情報を与えるGPSの普及のお陰です。

光で原子分子を調べる分光学は20世紀初頭の量子力学成立に大きな貢献をし、今も自然科学・工学全般で活用されています。原子分子のエネルギー準位は原子核と電子のクーロン相互作用でほぼ決まります。可視光領域の分光測定の分解能が104を上回ると相対論的効果や量子電気力学的効果が観測できます。108を上回ると核スピンの効果、1011を上回ると光子がもつ運動量の効果が観測されます。このように分光測定の精密化が進むとともに物理学の基礎理論が次々と検証されてきました。高エネルギー実験で使われる加速器は既に地球規模のエネルギーが必要になっており、今までと同じペースでの発展は望めません。一方、レーザー分光は加速器より圧倒的に小さなコストと研究者のアイディアで物理学の基礎に迫ることができます。

次世代の周波数標準が日本を中心に開発されており、最近、有効数字18桁の測定ができることが実証されました。3桁もの向上で新しい世界が見えてくることは間違いないでしょう。

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