田中 茂 (応用化学科 教授)

2015年12月に、中国北京市において大気中PM2.5濃度が数百μg/m3を越え、外出を制限する初めての赤色警報が発令される深刻な事態となりました。この深刻な大気汚染の状況は世界中のマスコミにより映像(写真1参照)で紹介され世界中の人々に鮮烈な印象を与えました。しかしながら、この様な深刻な大気汚染が60年以上前に引き起こされていた事実を知る人は意外に少ないかもしれません。

大都市における歴史的な大気汚染の代表的な例としては、65年前の1952年12月に英国ロンドン市で発生したロンドンスモッグ(写真2参照)があり、推定では1万人を超える多数の死者をだす危機的なものでした。地震、津波、火山噴火と言った自然災害、疫病、戦争でなく、これほど多数の死者を出す事例が引き起こされたことに驚かされます。

北京市、ロンドン市で引き起こされた深刻な大気汚染は、多くの共通な要因を持っています。いずれの場合も、冬季の石炭暖房による二酸化硫黄(SO2)と粉塵の大気汚染物質の大量放出と逆転層による大気の停滞が記録的な高濃度の大気汚染を引き起こしました。北京市、ロンドン市の高緯度地域では、冬季には地表温度は氷点下となり、地表付近の大気は冷やされ密度が重くなり地表を覆い停滞するために、大気汚染物質の大気拡散は起きにくくなり高濃度の大気汚染が発生しやすくなります。

更に、ロンドンスモッグで注目すべき点は、単に粉塵濃度が高いだけではなく、大量の二酸化硫黄により強酸性粒子(Acid Particle)が生成され、吸引した人が急性気管支炎、肺炎を起こしました。当時は、政府による外出禁止等の制限はなく、老人、子供、病人が多くの犠牲者となりました。現在、PM2.5大気汚染の健康影響は、PM2.5粒子に含まれるディーゼル排気粒子のスス、発癌性物質、有害金属が主な対象で、これら化学成分の健康影響は長期的暴露によるものです。その一方で、ロンドンスモッグで急性疾患を引き起こした強酸性粒子(Acid Particle)の危険性はあまり考慮されていません。北京市でも高濃度のPM2.5が問題視されていますが、そのPM2.5の酸性度(pH)はあまり危惧されていません。中国では、石炭による暖房・火力発電所からの二酸化硫黄(SO2)と粉塵の削減が余り進んでおらず、ロンドンスモッグと同様、急性疾患を引き起こす大量の強酸性粒子(Acid Particle)が現状では発生している可能性は高いと言えます。その証拠としては、PM2.5の化学成分分析から極めて高濃度の硫酸塩が測定されているからです。従って、中国北京市等で直近の問題となるのは、急性疾患を引き起こす強酸性粒子(Acid Particle)であり、PM2.5の酸性度(pH)を測定することが必要不可欠です。

また、65年前のロンドンスモッグの事例では、今日の様な測定装置はなく、大気汚染物質の測定データも限定されていました。北京市等の中国メガシティでのPM2.5高濃度汚染時のPM2.5の酸性度(pH)を測定し、強酸性粒子(Acid Particle)の存在を把握できれば、65年前のロンドンスモッグの実態を改めて考証できると言えます。

写真1

写真2

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