サルの仲間の中で、常習的に二足で歩くのは人間だけです。なぜヒトは直立二足歩行という、本来不安定な移動様式を獲得するに至ったのでしょうか?私の専門は、二足歩行や、手による物体把握といったヒトの身体運動のメカニズムを機械工学的に解析し、工学や医療に応用する「バイオメカニクス」と呼ばれる学問領域です。その研究テーマの一つとして、ヒトの二足歩行がなぜ、どのようにして生まれてきたのかを明らかにする、つまり人類進化の研究を進めています。

人類進化の研究というと、化石の発掘調査を思い浮かべるかもしれません。確かに化石は人類進化の最も直接的な証拠であり、人類進化を解明する上で重要です。しかし、初期人類の化石は実はあまり多く発見されておらず、二足歩行がなぜ、どのように進化してきたのかを、化石情報のみから明らかにすることは、実際にはほぼ不可能です。このため、古くから二足歩行をするサルを初期人類のモデルと見立て、その二足歩行とヒトのそれとを対比することで直立二足歩行の進化に迫ろうとする試みが行われてきました。その中で我々のグループでは、ニホンザルの二足歩行に着目して研究を進めてきました。

ニホンザルは通常は四足歩行をしますが、猿まわしのサルのように二足歩行の訓練を積むと、極めて上手に二足で歩きます。あまりに上手に歩くので、一見するとヒトと同じに見えますが、その身体の動き、そして床から足に作用する力の分析から、両者の歩行は見た目以上に大きく異なっていることが我々の研究から明らかとなりました。二足歩行の移動効率という観点から見て、人間の二足歩行のほうが優れているのです。

なぜニホンザルはヒトと同じように歩けないのでしょうか?逆に、生得的には四足歩行するニホンザルの身体にどんな進化的変化が起これば、ヒトと同じような効率の良い移動が可能となるのでしょうか?これがわかればヒト的二足歩行の進化の道筋を明らかにするための大きなカギとなりそうです。

そこで我々のグループでは、ニホンザル身体筋骨格系の数理モデルを作成し、ニホンザル二足歩行運動を機械工学的に解析することで、その「カギ」を明らかにしようとしています。具体的には、ニホンザルの身体構造の一部(例えば足部)をヒトのそれに近づける方向に計算機内で仮想的改変を起こすと、二足歩行がどう変化するのかを物理シミュレーションにより予測し、そこからヒトの二足歩行の進化を読み解く、まさに二足歩行の仮想進化実験を行っています。残念ながら、ヒトの直立二足歩行の進化がわかった!とはまだ言えないのですが、世界的にもユニークなアプローチをベースに、近い将来、その道筋が明らかになる日を夢見ています。

一見意外な組み合わせですが、このような形で、機械工学は人類進化の研究にも貢献しているのです。

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