私たちの身の回りに、いろいろ不思議な現象をもたらしている天然物表面があります。たとえば、水に濡れない蓮の葉や、鮮やかな色をもつモルフォチョウの羽などが挙げられます。これらの表面は一見して滑らかですが、電子顕微鏡などで数万倍まで拡大して観察すると、表面には大きさがミクロンオーダーあるいはそれ以下の極めて微小な突起やくぼみなどが見えてきます。実は、このような微細構造が表面の撥水性や色をもたらしているのです。
 もし、このような天然物表面の微細構造を加工技術によって人工的に作ることができれば、工業製品の高機能化に貢献できるのではないかと考えられます。特に、天然材料の代わりに金属やセラミックス、ガラス、ポリマーといった人工材料にこのような微細構造を作ることができれば、多くの画期的な製品が生まれてきます。たとえば、撥水性をもった錆びない鉄や、汚れないガラス、色あせることのない装飾品、光の全吸収が可能な真っ黒な太陽電池などが期待できると思います。また、船や飛行機の表面に微細構造を加工することで機体が受ける流体抵抗を大幅に低減することも可能になると考えられます。すなわち、表面微細構造には無限な可能性が秘められていると言っても過言ではありません。
 一方、表面微細構造を作るときは加工の精度が重要です。なぜなら、微細構造の形や寸法の僅かな誤差によって表面機能は著しく変化するからです。たとえば、人工色表面を作成する場合、微細溝の間隔の少しの変化によって色が大きく変化します。均一な色を形成させるにはナノメートルレベルの精密加工が求められます。
 微細構造の中で特に加工が困難とされているのは曲面形状をもつ3次元構造体です。一例として蝿やトンボの複眼の構造を挙げましょう。直径1ミリ程度のドーム状の複眼表面には直径10ミクロン程度の単眼が無数に並んでいます。さらに各単眼の表面に直径数百ナノメートルの半球状突起が大量に並んでいるものもあります。このような複合構造によって複眼は多方向の視野をもつだけでなく、蓮の葉の表面と同じく撥水性をもつため湿気の多いところでも目が曇らないと考えられています。しかし、複眼のような曲面形状の複合微細構造を作製するには、ナノメートルレベルの制御精度を有する極めて高度な加工技術が求められます。
 機械工学科閻研究室は、各種材料の表面へ様々な微細構造を効率よく加工する技術に挑戦しています。
 図1は、複眼の模擬構造としてナノ切削によって製作したマイクロレンズアレイの表面計測結果です。図2は、銅表面に深さ数ミクロンの微細溝を切削することで親水性や撥水性をもたせた事例です。このように、溝形状や深さを変化させることで表面の濡れ性を自由自在にコントロールすることができています。

図1 ナノ切削によって製作した複眼構造マイクロレンズアレイ

図2 微細溝切削による銅表面の濡れ性制御

ナビゲーションの始まり