スマートフォンやインターネットで、私達の生活はずいぶん便利で快適になったと言われています。でも本当でしょうか? 今の情報機器は、正しく入力すればそれなりに答えを返してくれます。でも、指示された以外の事は全くしてくれないし、反応も冷たいというか無味乾燥です。何かが足りないと考えてみると、そうです、人間味がないのです。
人類は、道具の使用に始まって、エンジン、そして自動車、飛行機などを発明してきました。これらは、いわば人間の手や足の部分の能力の拡大です。一方で、半導体、コンピュータの発明によって、頭脳の部分の能力拡張が可能となりました。計算能力については言うまでもなく、100円ショップの電卓でさえ人間の能力を大幅に上回っています。私事で恐縮ですが、通信分野の研究を行っていた大学院生の頃には全くの夢物語であった「携帯できる電話」が可能となり、しかもスマホによって昔の大型コンピュータ以上のマシンをポケットに入れて持ち運べる時代となりました。

図1 人間の能力の拡張

ところが、、、です。これらの高性能情報機器は、人間がふだん何気なく行っていることをしてくれるでしょうか?パスワードさえ合っていれば、どんなに声が違っていてもスマホは持ち主と判断してしまいます。人間ならば明らかに持ち主が違うとすぐにわかります。また人間同士であれば、表情あるいは声で相手の疲れなどを察することもでき、相手を思いやることができます。

図2 ロボット研究の一コマ

私達の研究室では、人間味があり、気配りができるようなロボット頭脳の構築をめざしています。お手本は、私達が持っている脳です。生体の脳の動きを模擬する方法、つまりニューラルネットワークによるアプローチをとっています。

図3 簡単なニューラルネットワークの例

ニューラルネットワークとは、日本語でいうと神経回路網となります。高校の生物で習った神経細胞(ニューロン)がたくさん結合してできるネットワークです。単純に書くと図3のようになります。図中の○がニューロンを意味していますが、人間の大脳には数百億個あると言われています。ずいぶんたくさんあると思われるかもしれませんが、最新のプロセッサとの比較を行ってみましょう。現在すでに、数10億以上のトランジスタを搭載するプロセッサが発売されています。もちろん、ニューロンとトランジスタでは機能は異なります。でも情報処理のための基本素子という点では、最新プロセッサ数十個で人間の大脳中の全ニューロン数を上回る時代になっているのです。つまり夢物語に感じる人工頭脳は、実はハードウェア的には十分実現可能な時代に入っているのです。

図4 大脳とプロセッサとの基本素子での比較

人間には五感があると言われていますが、私達の研究室では次の3つの情報処理に着目した研究を行っています。目からの入力を処理する視覚情報処理、言葉を駆使する言語情報処理、そして人間性の根幹である感情や感性を扱う感性情報処理です。そしてこれらの統合をめざした研究を行っています。
(1) 視覚情報処理  今、生物の脳機能を模擬するニューラルネットワークによる方法が世界的に大きな注目を集めています。これまでのパターン認識は、音声認識、画像認識、文字認識など、それぞれの分野に対して独特の方法が用いられてきました。ところが近年提案された深層学習ニューラルネットワークは、優れた特性を持つのみならず、これら複数の分野に適用できる一般性と今後の大きな発展性を持っています。
私達の研究室では、例えば次のような発展方法を考えています。まず入力である視覚情報を認識したとします。でもこれでは単なる画像から文字列への変換にすぎません。そこで認識結果に対して、言語情報を利用してそのさまざまな意味やイメージへの連想処理を行います。そして関連する知識やこれまでの経験、さらには感情や感性と結びつけた情報処理を行います。これは、例えば私達がみずみずしいメロンを見て、おいしそう、あるいは美しいと感じたり、または高価に思ったり、場面や状況によってさまざまな事が想起されることと似ています。
(2) 言語情報処理  私達の研究室では、ニューラルネットワークを用いた言語処理研究を長い間行って来ています。2013年には、図5のような言語処理ニューラルネットワークの開発により、日本神経回路学会(日本のニューラルネットワークの学会)から最優秀研究賞をいただくことができました。このニューラルネットワークの大きな特徴は、複雑な入力文でも扱えること、自動的に深層格を考慮すること、最下層の辞書ネットワークによって連想処理ができること、そしてこれらの機能を用いて質問に答えられることです。

図5 言語処理ニューラルネットワーク

(3) 感性情報処理  インテリアレイアウト支援、華道支援、「かわいい」の解明をめざした3Dキャラクター作成支援、新聞の記事の見出しからの記事の印象推定など、視覚情報や言語情報と感性・感情との関係の分析を行いながら、それらを活かした応用システムの開発を行なっています。
(4) 常識の扱い  人間にとっては当たり前で簡単な処理が、意外にコンピュータには困難なことが多いです。その理由の一つが、常識の扱いです。人工知能と呼ばれる研究分野では、人間の持つ常識の自動的な獲得や扱いが非常に困難であると言われ続けています。脳型情報処理の実現をめざす私達の研究室では、この常識の自動獲得をめざした研究も行っています。例えば「困っている人を助ける」→とても良い、「携帯を見ながら歩く」→非常に良くない、のような常識判断ができるようになっています。このようにして、将来的には目で見た出来事を正しく判断し、人間を助けることができ、そして気配りのできるようなロボット頭脳をめざしています。

図6 萩原研の研究イメージ

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