日頃、物理学にほとんど関心がない方でも、「超伝導」という言葉はどこかで耳にしたことがあるかと思います。超伝導とは、図1のように、ある温度以下で金属の電気抵抗が完全にゼロとなる現象で、基礎物理学的興味はもちろん、工学的応用についても大きな期待が持たれています。今回は、人類の未来をも左右する可能性を秘めた、この現象について紹介します。

図1:金属の電気抵抗の温度変化の模式図。ある温度Tc(超伝導転移温度)以下で電気抵抗が突然消失し、Tc以下で電気抵抗ゼロの超伝導状態が実現する。

O超伝導はなぜ起こる?
金属の電気抵抗がある温度以下で完全に消失する現象は、1911年、オランダの物理学者Kamerlingh Onnesにより発見されました。当時、金属を冷やしていくと、電気抵抗は最終的にはどうなるか、ということが議論されており、Onnesはこの問題に決着をつけるべく、水銀を冷却し、4K付近(マイナス269℃!)で電気抵抗が消失することを発見したのです。電気抵抗ゼロ=電気伝導度∞という、「超」驚くべきこの現象は、その驚きそのままに「超」伝導と名付けられました。超伝導とは、“超驚くべき電気伝導が起こる状態”という意味なのです。
Onnesの発見ののち、水銀以外の様々な金属物質でも超伝導現象が確認されましたが、その一方で、この現象のメカニズムの解明には長い時間を要し、1957年、Bardeen、Cooper、Schriefferらにより、最終的な解答が与えられました。今日、この理論は彼ら3人の頭文字をとってBCS理論と呼ばれています。BCS理論はその後、超伝導物理学のみならず、凝縮系物理学、素粒子物理学、原子核物理学、宇宙物理学など、様々な分野の発展に大きな影響を与え、“20世紀物理学の金字塔”と評されています。 超伝導はどのような仕組みで起こるのか?・・・これを真に理解するには、私たちが通常目にする物理現象を記述する「古典物理学」ではなく、原子レベルのミクロな世界を支配する「量子物理学」の知識が必要となりますが、“イメージ”の範囲では次のように描かれます:通常の金属状態(図2左)では、電子が電線を流れる際、不純物などに妨害されてまっすぐ進むことができず、これが電気抵抗を与えます。ところが、超伝導状態では図2右のように電子は2つずつ分子を形成、さらに、それらが絡み合って大きな“塊”となり、電流として一斉に流れます。“塊”となって集団で運動することで、個々の電子では跳ね返されていた障害物(不純物)も一気に乗り越えることができ、抵抗を感じることなく電線中を流れることができる、というわけです。例えるならば、おもちゃのミニカーにとってはかなりのデコボコ道も、大量のミニカーを集めて(もったいないけれど)一度溶解し、それを材料に巨大なダンプカーを作れば、一気に走り去ることができる、といったところでしょうか。もちろん、これはあくまでもイメージレベルの説明です。なにせ、超伝導は量子力学100%で起こっている現象なのですから! なぜ、電子同士が分子を形成するのか(電子はマイナスの電荷を持っているので、通常は互いに反発し、くっつくことはできないはずです!)? その分子同士が絡まりあって塊になる、というのは一体どういうことなのか? 塊となって一斉に流れても、少しぐらいは抵抗が生じるのではないか? こうした疑問で頭の中がいっぱいになってしまったあなたは、もう超伝導の虜です。そうした方は是非、物理学の世界に足を踏み入れてみてください。

図2:超伝導状態のイメージ:左は通常の金属状態、右は超伝導状態。超伝導状態では、電子はクーパー対と呼ばれるある種の分子状態を形成し、その分子同士が“絡まりあい”、大きな塊となって流れる。

O室温超伝導は可能か?
超伝導の仕組みに対する上述の説明には納得できなかった方も、電気抵抗が完全にゼロになる、という“超常現象”(でもこれは本当に起こる現象です)がいろいろなことに役立ちそうだ、という点については同意していだだけるでしょう。特に、送電線を超伝導物質で作れば、今よりもずっと細くて軽いケーブルで、しかも電力ロスなしに電気を送ることが可能となり、エネルギー、環境問題が大きく改善されることが期待されます。
では、あちらこちらに見られる送電線に実際に超伝導物質が使われているかと言うと、そうではありません。実は、超伝導状態が実現する温度には物質ごとに上限(超伝導転移温度Tc)があり、現在知られているもっとも高いTcでも、マイナス100℃以下なのです。つまり、日常での温度(室温~30℃)でも超伝導状態であり続ける物質(室温超伝導体)は今のところ発見されておらず、超伝導送電線は未だ実現していません。
超伝導の最初の発見から100年以上も経つのに、未だ室温超伝導体が発見されていない、ということは何を意味するのでしょう? Einsteinの相対性理論によれば、光の速さ(秒速30万キロメートル)を超えて運動することはできませんが、同じように、超伝導になる温度(超伝導転移温度)にも自然法則による上限が存在し、それが室温以下であるため、そもそも室温超伝導体自体が自然界に存在しないのでしょうか?
この素朴にして重要な疑問に対する答えは、2004年に「フェルミ原子気体の超流動」と呼ばれる、超伝導とは一見異なる系の研究から得られました。この系は、リチウムやカリウムなどの金属をガス化したものですが、ガス状態になった原子群が、図2右に描いた超伝導状態と全く同じ状態になり、その観測から、超伝導転移温度Tcは、フェルミ縮退温度(TF)と呼ばれる、この系を特徴付けるパラメータの約20%程度までしか上がらないことが明らかとなりました。恐れていたとおり、超伝導転移温度には上限が存在したのです!  では、それは室温より高いか低いか? 通常の金属の場合、フェルミ縮退温度は10,000℃程度であり、そこから換算すると超伝導になる温度の上限は2,000℃程度、一瞬ヒヤリとしましたが、これなら室温超伝導(~30℃)は十分実現可能です(図3)。自然法則がそれを禁止していない以上、未だ室温超伝導が発見されていないのは、人類の努力が足らないから、ということでしょう。私をはじめ、超伝導研究に携わる研究者は、室温超伝導体発見に向け、粉骨砕身努力しなくてはいけませんね。

図3:超伝導になる温度(超伝導転移温度)の限界。

Oエネルギー供給を地球全体で支える豊かで平和な世界の実現を目指して
室温超伝導体の発見は、間違いなくノーベル賞級の成果となるでしょう。「いつかノーベル賞を取ってやろう!」と密かに思っているあなた、室温超伝導を狙う、というのはいかがでしょう? しかし、室温超伝導の実現には、ノーベル賞の賞金やメダルなど取るに足らないと思えるほど、もっと大きな意味があるのです。
人類の生活基盤を支えているもの、それは食糧とエネルギーです。地球人口が急速に増加し続けている現在、それを支える食糧を増産するためには機械の助けが必要であり、その意味では、エネルギーがすべての基盤であると言えます。現在、エネルギー供給の多くを担う化石燃料はいずれ尽きますし、環境問題という難題も抱えています。原子力エネルギーも、現時点では、なかなか全ての人の理解を得られる状況ではありません。しかし、人類が今後も持続的に発展していくためには、環境問題もクリアできる安定したエネルギー供給がどうしても必要です。
もし、室温超伝導が実現したら・・・ 地球各地に存在する砂漠地帯など、ほとんど利用価値のない土地に大量の太陽電池パネルを敷き詰め、そこから超伝導ケーブルで地球の隅々まで電力供給をしたらどうでしょう。我々は、すでにインターネットによって情報を世界の隅々まで行き渡らせることに成功しましたが、室温超伝導は、それをエネルギーに対し行うことを可能にするのです。電力供給もままならず貧困に苦しんでいる地域に、超伝導ケーブル網を使って安定に電気を供給すれば、食糧増産をはじめ、その地域の生活は一気に改善するでしょう。世界各地に今も存在する紛争も、その多くは貧困と関係していますが、エネルギーの安定供給による紛争地域の生活の劇的向上は、問題の解決に大いに貢献できるはずです。これまで貧困と紛争に苦しめられてきた人達が豊かになり、学問をする余裕ができれば、埋もれていた多くの優秀な人材がそうした地域からも輩出され、人類の更なる発展に尽力してくれるでしょう。春秋時代の斉の宰相管仲の言葉に、「倉廩満ツレバ礼節ヲ知リ、衣食足レバ栄辱ヲ知ル」というのがありますが、お金と人格の因果関係はともかく、豊かさが人類を大きく前進させることは間違いありません。
エネルギー供給を地球全体で支える豊かで平和な世界の実現・・・ 室温超伝導は人類社会を革新的に発展させる可能性を秘めているのです。室温超伝導の可能性がある限り、人類の未来はまだまだ希望に満ちている、と思うのは私だけでしょうか? 将来なにをしようかと思いながらこれを読まれた若い方のなかから、この「超巨大プロジェクト」を自分の手で実現させてやろうと思う方がどんどん出てくることを期待します。
ただし、ひとつだけ注意:早くしないと、私が室温超伝導を実現させてしまうかもしれませんよ。えっ? 室温超伝導実現のヒントはなにかって? それは内緒! 

追記
これを書いているとき、丁度、超伝導モータを使った次世代自動車の開発や、既存の超伝導を使ったケーブルによる送電実験がいよいよ最終段階に入ったことが、ニュースで報道されていました。新しい時代はすぐそこまで来ているのかもしれません。

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