私の研究室では、全く新しい概念や方法論を用いた効率的な有機反応の開発を目指して研究を行っています。図書館や書店で有機反応に関する書籍のコーナーでは、どの本を手にしようかと、迷ってしまう位の数多くの書籍が並んでいます。これらの書物を紐解くと、中には先人達の知恵と努力により見出された数多くの成果が紹介されています。自分の研究目的に合った化合物の合成は、先人達が開発した反応から知恵を得て進めていくことが殆どです。一見簡単に合成できそうに思える化合物の場合でも、それらを選択性良く得るためには思いもよらない程の多工程を経由しなければならない時があります。このような時、「もし、ここの結合を切って、ここの結合と繋ぎかえることができたらならば、簡単に目的の化合物が合成できるのだけれども。。。」と、少し甘い考えが浮かんできます。しかし、「過去に例が無い分子変換法」は、いくら書物を紐解いても見つけ出すことはできません。

私が専門としている研究分野は有機金属化学です。この分野は、1960年位から活発に研究が行われるようになりました。その頃から、有機化合物中に遍在する炭素-水素結合を合成反応に利用することができれば、反応の工程数を大幅に減少できる可能性が示唆されていました。その後30年以上にわたり多くの研究が行われて来ましたが、解決の手がかりを見つけられていませんでした。

私も大学生のころに、この研究課題に魅せられ、いつかは挑戦しようと考えて日々を過ごしていました。15年程前に突然、「無」を「有」にすることができました。元素周期表で鉄と同族のルテニウムを用いれば、炭素-水素結合の炭素-炭素結合への変換が高効率・高選択的に進行する反応を見出すことができました。この反応は、芳香族ケトンとアルケンとを反応させることにより、ベンゼン環にアルキル基を導入するものでした(図1)。

図1

それまで目的の化合物を合成するには多くの工程が必要でしたが、この反応を利用すれば一工程で定量的に得ることができます。特に、有機合成反応で重要な炭素-炭素結合生成が簡便に行え、有機合成手法に新しい方法論を与えることができました。(図2)

図2

この発見が契機となり、世界中で関連する研究が行われる様になり、急速に発展している研究分野になっています。現在では、これまで通常有機ハロゲン化合物を利用していた反応が、炭素-水素結合を直接利用して達成できるようになっています。今後、これら反応の特徴を詳細に解析することにより、必要不可欠な有機合成手法に発展すると考えています(図3)。

図3

多様化した現代社会において、豊かで快適な生活を持続するためには、多岐にわたる物質の合成が必要不可欠です。化学の手法を用いれば、分子同士の結合を繋ぎかえることにより全く別の分子に変化させることができます。また、それら物質の持つ様々な特性や機能を新たに引き出すことが可能になります。化学は、今後の科学分野において益々重要な役割を果たして行くと考えています。

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