新しい物質の考え方を創り上げることは、化学の大切な視点の一つです。球に近い、かご形状をもつナノスケール原子群や、同じ単位が何層にも積み重なったナノ構造体の合成は、「ナノクラスター科学」の最前線の研究テーマです。私の研究室では、写真1にあるような世界唯一の独自の研究装置を用いて、かご構造や多層構造といった超構造をもつナノクラスターの創出を、世界に先駆けて進めています。
物質世界の重要な考え方の一つに「階層性」があります。原子・分子や、固体・液体は、物質の「階層構造」の1つです。この物質の階層構造は,さらに小さい方向へも大きい方向へも続いています。原子は,電子,陽子,中性子から,さらに,陽子,中性子はいくつかのクォークなどの素粒子から構成されています。また、大きい方向への階層構造は,地球(惑星),太陽系,銀河系,宇宙へと続いています。物質世界では、新しい階層を超えるたびに、新たな概念がもたらされます。新しい物質群「ナノクラスター科学」の研究は、原子・分子と固体・液体の中間に、新たな階層を創出する着想としても位置づけられます。
私たちは、シリコン原子16個とチタン金属原子1個から、図1のようなかご型のナノ構造体ができることを見出しています。これは、量子ドットとして、磁気記憶の単位や発光単位としての機能があります。さらに、原子が集合して新たな単位として振舞う超原子(スーパーアトム)の1つとして考えられています。この他にも、ホウ素原子1個とアルミニウム原子12個の超原子なども見出しており、かご状の原子集合体、超原子が、新しい物質世界を拓きつつあります。
さらに、金属原子と有機分子を上手に反応させると、図2のような多層構造をもつ1次元ナノ構造体が形成されます。簡単な繰り返し構造が、1方向にだけ形成されているナノワイヤー物質は、電子とスピンと原子核配列が協同した新しい量子物性を発現させる舞台になります。たとえば、バナジウム金属とベンゼン分子で多層構造を形成させると、「クラスター磁石」になることを見出しています。このクラスター磁石は、室温で強磁性を示しますので、この磁石を敷き詰めれば、現在よりも100倍以上高密度な磁気記憶材料ができる可能性があります。元素の周期律を超えた新しい階層の物質群、それがナノクラスターであり、新しい機能の発現が益々期待されています。
写真1:オリジナルな研究装置の例。
主に真空装置を用いて世界最高性能の測定を進めています。
図1:スーパーアトム(超原子)とその質量スペクトル。
TiSi16の他にもAl12Bの超原子ナノクラスターを発見しています。さらに、超アルカリや超ハロゲンの性質を用いて、クラスター塩の生成にも成功しています。
図2:有機金属ナノクラスターの1次元超構造。
強磁性的スピン配列をもつクラスター磁石や、希土類金属原子と有機分子から多層ナノワイヤーが生成することを見出しました。