これまでの経験のすべてが今の幅広い研究を支えている

高校時代に「力学の法則」に感動して以来、村松さんの力学への興味は尽きることがない。力学研究を続ける中で、力学が社会に必要とされる学問であり続けるために、研究を継続して常に新たな展開を模索し、後進の育成に力を注いでいる。

Profile

村松 眞由 / Mayu, Muramatsu

機械工学科

専門は計算力学、固体力学、材料工学。2007年慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。2012年慶應義塾大学理工学部機械工学科志澤一之研究室にて博士(工学)取得。慶應義塾大学理工学部機械工学科助教(大村亮研究室)を経て、2012年(独)産業技術総合研究所研究員。2014年東北大学助教。2018年4月慶應義塾大学機械工学科専任講師に着任。2022年4月より准教授となり現在に至る。
*「計算力学」とは、実験ではなくコンピュータシミュレーションで力学を理解する分野です。

研究紹介

「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの研究者を取り上げて紹介します。

今回登場するのは、「有限要素法」による数値シミュレーションをさまざまな手法と組み合わせて、ものづくりのブレークスルーにしたいと考えている村松眞由准教授です。

数値シミュレーションは
ものづくりにもっと貢献できる

義足の欠陥検出、金属組織の推薦アプリ、量子コンピュータなど広範な分野へ

村松さんは、数値シミュレーションの可能性を広げるため、他の手法と組み合わせたり、量子コンピュータに実装したりする方法を考えるなど、新たな分野に踏み出している。義足の欠陥検出や、金属組織を推薦するアプリケーションの開発、異なる数値シミュレーションをつなぐ方法の提案など、新境地の開拓によって達成した独自の成果について聞いた。

「有限要素法」で物体の変形の究明

飛行機の翼はどのくらいの荷重に耐えられるか。車のボディは衝突によってどのように壊れるか。義足の材料内部に異物は混入していないか。安心して暮らすためには、材料について知りたいことがたくさんある。しかし、実際に実験するのは時間的にもコスト的にも難しい場合が多い。このような時に大きな力を発揮するのが、対象となる現象を表現する「数値モデル(方程式)」を利用して、コンピュータ上で模擬実験をする「数値シミュレーション」だ。
対象のスケールによって手法が異なるので、飛行機や自動車の材料を研究する村松さんは、ミリメートルからキロメートルサイズの現象を扱うことができる「有限要素法」を主に使っている(図1)。この方法は、対象をポリゴン(多角形、表紙参照)に細かく分割し、それぞれのパーツについて運動方程式を解いて、それらを統合して対象全体がどのように変形するかを解析する。すでに道路やビルといった構造物の設計などには実際に使われている。
「有限要素法はメインの研究テーマですが、もっと材料のことを詳しく解析できるようになりたくて、さまざまな手法と組み合わせて研究しています」と村松さん。数値シミュレーションを、材料の開発や解析にこれまで以上に生かしたいと、自分の専門ではない分野へ次々に飛び込んでいる。

図1 村松さんの材料研究の概要 「有限要素法」を中心に、スケールの異なる数値シミュレーション(青四角)や、機械学習、量子コンピュータ、応用実験を組み合わせることで、数値シミュレーションの新たな可能性を切り拓いている(灰色の点線囲み)。「マルチフィジックス、マルチスケール固体力学研究」とは、村松さんの材料研究が、熱と変形など複数の現象を組み合わせて、幅広いスケールで行われていることをいう。下部のスケールは、各数値シミュレーションが対象としているサイズに相当する。 *分子動力学:原子や分子の物理的な動きの、第一原理計算:基本物理定数以外の実験値を用いない、Phase-fieldモデル:結晶成長の、有限要素法:複雑な形状や材質の物体や構造物それぞれのシミュレーションである。

義足の欠陥を見つけたい
(機械学習、有限要素法、応用実験を用いて)

「有限要素法」に「機械学習(AIの一種)」と「応用実験」を組み合わせて開発中なのが、義足の欠陥を見つけるアプリケーションだ。
義足は非常に強くて軽い炭素繊維強化プラスチック(CFRP)でできている。この素材は飛行機の翼や、バイクのボディにも採用されているが、シート状の炭素繊維クロスを何枚も重ね合わせてつくるため異物が混入してしまうことがあり、それが材料の強度に影響する。そこで現場では、製品の安全保証のために、2人体制で超音波を使った全数検査を行っている。村松さんは、この負担を軽減するために、1人の検査員をAI(人工知能)で置き換えられないかと考えた。
「材料には、力を加えて変形させると発熱する性質があります。サーマルカメラを使えば、材料にかかっている力の分布を温度の分布として捉えられます。この温度の分布が異物の有無によって変わることを利用すれば、AIによって異物の混入を突き止めることができると思いました」。
技術の実現には、異物の混入とその時の温度分布の“組み合わせデータ”をたくさん用意して、AIに学習させなくてはならない。ところがCFRPは高価なため、このデータのために幾通りもの異物が混入したCFRPを実際に大量に用意するという実験はできない。ここで力を発揮するのが、数値シミュレーションだ。少ない実験データをもとに、さまざまな異物の混入を想定したデータをコンピュータで作ることができるのだ。こうして義足への異物の混入の有無を判定するアプリケーションが誕生した(図2)。

図2 義足と異物の有無によるサーマルカメラ画像 の違い

下の図の左下の紺色部に四角い異物が混入している。 上の図は異物なし。

材料の性質を決める材料組織を知りたい
(機械学習、有限要素法、Phase-fieldモデルを用いて)

「材料内部のマイクロメートルサイズの組織(分離の仕方)によって、その材料の強度や加工性、変形の様式が変わるので、材料がどのような組織になる可能性があるのか、そのパターンを明らかにしたいというニーズがあります。さらに、その組織に力が加わった時の変形の様子が知りたいわけです」。この計算は、従来の数値シミュレーションでも可能だが、非常に時間がかかる。これでは実際の材料開発には役立てられないと考えた村松さんは、機械学習を2回使って問題を解決した。
「1回目の機械学習の使用によって材料の組織のパターンを考えます。2回目の機械学習の使用によって、加わった力に対してその組織がどのくらい伸びて衝撃を吸収でき、材料として強いのかを予測します。こうして望みの性質をもつ組織のパターンを推薦してくれるのです」。

図3 量子コンピュータが導き出した材料組織のパターン 2種類の材料がどのような材料組織(分離の仕方)となるかを計算した。右に行くほど温度が高いなど材料が混ざりやすい条件の場合、下に行くほど2種類の材料の性質が異なり、混ざりあいにくい場合。左図は、2種の材料が7:3の場合、右図は6:4 の場合。

数値シミュレーションに新たな展開を

義足の欠陥を見つけたり、材料の組織を推薦する技術は、どちらも「数値シミュレーションで得られたデータをものづくりに生かしたい」という思いから誕生したものである。
村松さんは、さらにもっと先を見据えた研究にも取り組んでいる。ひとつは、「分子動力学」と「有限要素法」をつなごうとするもの。「有限要素法で材料を解析する時、その材料が金属なのかプラスチックなのか、セラミックスなのかを指定します。材料の特性が違うと、それを解くための方程式(構成則)が違います。そのため構成則が存在しないまったく新しい材料は解析できません。しかし、そもそも構成則は分子動力学による分子スケールのシミュレーションから導き出されます。それなら、分子動力学と有限要素法を直接つないでしまえばいいのではないだろうか…」。構成則を介さずにスケールの異なるシミュレーションをつなごうという大胆なアイデアは、すでに一部は成功しているという。
さらに、これらの数値シミュレーションを、次世代のコンピュータとして注目される量子コンピュータで実行できるようなアプリケーションの開発を進めている。量子の性質を利用する量子コンピュータは、私たちが今使っている古典コンピュータとは動作の原理が異なるため、まったく新しいアプリケーションを開発しなければならない。
こうした課題に挑めるのも、慶應義塾大学に在籍しているからこそだという。「まず、伊藤公平塾長が量子コンピュータの研究者ですし、2018年に慶應義塾大学は、米国IBMの量子コンピュータ実機「IBM Q」の最新版にアクセスできるアジア初のハブになる(『新版 窮理図解』29号)など、量子コンピュータには強い大学です。計算力学でも使えないかと考えました」。
まだ解像度は粗いものの、いろいろな材料をブレンドしてできる組織のパターンを1秒ほどで算出できる。これまでは20分かかっていたというから、これは非常に大きな進歩であり、量子コンピュータの高精度化・実用化が待たれる(図3)。
村松さんの研究は実に幅広く、この紙面だけではとても紹介しきれない。その上、これから何の研究をするかも予想できないので、村松さんの動向から目が離せない。

(取材・構成 池田 亜希子)

インタビュー

村松眞由准教授に聞く

高校の物理の授業で数学や理科の面白さに気付く

子供の頃から数学や理科が好きだったのでしょうか?

まったくそんなことはありません。普通に定期テストのために勉強はしていましたが、ほかの教科より特に好きというわけではありませんでした。むしろ本を読むのが大好きで、小学生の頃は、休み時間にみんながドッジボールなどをしているのに、1人だけ図書室に行っていました。今も本好きは変わらず、悩みがあると本を読んで答えを探したりしています。その中には、失恋した人にお勧めする本なんかもありますよ(笑)。
数学や理科の面白さに気付くきっかけは、高校の物理でした。みなさんも覚えているかもしれませんが、物を投げると、それが重ければ近くに落ちて、軽いと遠くまで飛ぶという現象を学びます。「それはそうだろう」と思うわけですが、それが物理法則の数式で表わされるのです。すごくキレイだと感じて、誰がつくったか知りたいと思いました。こうして力学を学びたいと思うようになり、大学は機械工学科に進学しました。

慶應義塾大学の理工学部のご卒業ですね。

そうです。両親も妹2人も文系でしたが、祖父が醤油など農学系の研究をしていたので、時々、化学とか生物を教えてもらっていました。私は定期テストに出ることが聞きたいのに、絶対にテストに出ないようなことまで教えてくれました(笑)。祖父のことは、“特に、学校で学んだわけではないのに、いろいろなことを知っていてすごいな”と尊敬していました。その祖父が、私が慶應義塾大学の理工学部に進学したことをとても喜んでくれました。
力学の面白さは、飛行機の翼に力がかかるとどれだけ曲がるかが見られるように、生活の中で実感を伴うことだと思います。さらに、数式をコンピュータシミュレーションで解いてみると、実際の現象とよく合致します。より高度な力学を学び続けたいという思いから、卒業後は研究の道を選びました。

地方での生活、仙台は第2の故郷

卒業後は、研究所の研究員や大学の教員の経験をされだそうですね。

卒業後は、つくばにある産業技術総合研究所(産総研)で2年間、その後の4年間は仙台にある東北大学で過ごしました。自分は“先生というタイプではない”と思って研究所を選びましたが、実際に行ってみたら、私にはすごく寂しく感じられて、学生がいるところでなくてはダメだと思いました。研究所は基本的に自分の研究をする場所ですから仕方ないのですが、仲間と一緒に勉強するようなこともありませんでした。
それで東北大学のポスドク研究員のお誘いを受けたのです。ずっと関東にいた私にとって、東北行きは人生をリセットするような気がして、ちょっと勇気のいる決断でした。しかし、行ってみたらとても自由に数値シミュレーションの研究ができましたし、学生との交流も楽しくできました。こうして「仙台は第二の故郷」になりました。

研究所と大学はかなり違うのでしょうか。

私の専門は数値シミュレーションですが、産総研ではサーマルカメラの実験をするように言われました。まったく未知の分野だったので、論文を書けるような新規性のあるテーマを見出して研究して、成果を出すのはとてもたいへんでした。しかし、当時の制度では、決められた期間内に決められた数の論文を書かないと、研究所にいられなくなってしまうので必死でした。でも、そうなるとどうにかなるもので、東北大学に移ろうと思う頃には、結構、いい業績を上げていました。 当時は、自分が海の物とも山の物ともわからずに、将来への焦りがありました。でも今では、どうして専門ではない分野をやらなくてはならなかったか理解しています。産総研のような研究所は国のプロジェクトもやりますから、新人を専門分野に限らず、いろいろな研究に対応できる幅のある人材に育てなくてはなりません。苦手なことには自ら進んで挑戦しないものですから、やらざるを得ない状況に置かれたことはよかったと思っています。 産総研でいろいろな経験をして、アイデアも得られたからこそ、大学では幅の広い研究ができていると思っています。実際、今も産総研で義足などの実験をさせてもらっていますし、サーマルカメラも研究で活用していました。

母校の教員になり、後進の育成と起業に力を入れる

2018年に母校の慶應義塾大学に戻られました。

戻ってきていちばん変わったのは、研究室を主宰することになったことです。私は、それまで人前でスピーチをしたり、何かのリーダーになったりした経験がまったくありませんでした。これは大変だということで、スポーツの監督さんの著書をいろいろ読みました。研究のゴールが論文を発表することだとしたら、スポーツチームも研究室もチーム戦でありながら、個人の能力や個性も関わる個人戦でもあるわけです。その点で両者は似ていると思うのです。スポーツでは毎回勝てるわけではありませんが、押しなべて、よく勝つチームがあります。そういうチームを“常勝チーム”と呼びますが、私の研究室がそういうチームになるにはどうしたらいいかをよく考えます。 私の研究を面白いと共感してくれた学生に、どう個人技を磨かせるか。そしてその学生を、私はどうブランディングして世の中に出してあげられるかを考えています。特に、博士課程に進む学生は、生涯にわたる研究仲間になるのですから、研究コミュニティを自らの力で歩いていけるように、道筋をつけてあげたいと思っています。 こんなふうに思うのは、私が研究を面白いと思っていて、この業界を大切に思っているからです。私が引退した後に、この研究分野を引っ張って盛り立ててくれるのは、今の学生たちです。未来のこの分野のために、後進を育てているのです。

先生にこんなに気にかけていただける学生さんは幸せですね。

300年ほど前の数学者のことが書かれた『フランス革命と数学者たち』という本(私の本棚 p.7でも紹介)を読んだのですが、誰もが知っているような有名な数学者の中に、まったく知らない名前がありました。当時は有名だったであろう数学者も、300年経てば忘れられてしまう。それは私やあなたに限ったことではなく、誰でもそうです。そう考えると、自分の業績以上に、後進にバトンを渡していくことが大事なのだと思わずにはいられません。そして、それこそが自分がやってきたことの証になるのです。人生も研究も長い歴史があるので、それに対してどう貢献できるかが大事なのだな、と長期の目線で考えるようになりました。 一方で、私も学生からたくさんの刺激をもらっているんです。例えば、かつて疑問をもったようなことを思い出させてくれたりします。いろいろ経験を積んで改めて考え直してみる機会を得られることは、私自身のためになっています。また、学生との会話の中から、アイデアが思い浮かぶこともよくあります。

起業にも関心をおもちだそうですね。

これまで起業には縁遠い研究の道を歩んできましたが、自分の研究を社会に役立てるには、社会に実装することが大事だとずっと考えてきました。そう考えていたところ、学生から勧められて、大学の「アントレプレナー講座」を受けることになりました。プロダクトをブラッシュアップする際には、顧客との密な話し合いをすることや、そうしながらも起業のタイミングを図ることが大事なようです。どう起業にアプローチするかを学ぶことができて有意義でしたが、特に、起業家マインドをもつ人たちの話を聞けたことがよかったと思っています。
慶應義塾の学生は自立をしていて、いい意味で「言うことを聞きません」。代わりに、自分で納得して興味のあることには夢中で取り組みます。自分で研究テーマを考えてくる学生もいますし、研究紹介でお話しした“義足の欠陥検出技術”で起業したいと考えている学生もいます。
成功する人は、本能的に時代の流れに乗る能力を備えているように思います。そこを鍛えることが大事かもしれませんが、それには誰かと会って話すことがいちばん重要だと思います。 学生たちには“貴重な大学時代を有意義に過ごしてほしい”と願っています。


どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎

学生さんから

● 私はもともと複雑な人間社会の仕組みを単純化する「モデル化」に興味がありました。授業で、材料にもモデル化があることを知り、面白そうだと思いました。研究室を決める際に、村松先生に「社会学などにも興味があって勉強を続けたい」と話したところ、「いろいろな経験が研究に生きる」と言っていただき、研究室を選ぶ決め手になりました。新型コロナウイルス感染症が収まり、大学に来ていろいろな人と接するようになって、高校生の頃とは比べものにならない広い世界があることを知りました。先生は、研究や日々の生活を通して私に知らない世界を見せてくださる方です(学部4年生)。

(取材・構成 池田亜希子)

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