研究の試練を乗り越えることを思い切り楽しむ
高等専門学校(高専)時代から、さまざまな分野の研究をしてきた川上さん。研究者として生き残るべく、ピンチをどう切り抜け、成果を上げてきたか。こうした経験は、慶應義塾大学での教育・研究に存分に生かされている。

Profile

川上 了史 / Norifumi, Kawakami

生命情報学科

専門はタンパク質科学、酵素工学、生命金属科学。2004年宇部工業高等専門学校専攻科物質工学専攻卒業。2009年広島大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程後期修了。博士(理学)。名古屋大学物質科学国際研究センター 博士研究員、同大学院理学研究科生命理学専攻 博士研究員を経て、2014年より慶應義塾大学理工学部生命情報学科助教、2017年に専任講師となり現在に至る。

研究紹介

「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの研究者を取り上げて紹介します。

今回登場するのは、サッカーボール型のタンパク質ナノ粒子を創出し、探究し続けている川上了史専任講師です。

タンパク質が自発的に集まってできる「サッカーボール型ナノ粒子」

次世代の新ナノ材料を目指して

私たち生物の身体を構成するタンパク質。川上さんはそのタンパク質を使ったサッカーボール型のナノ粒子を創り出した。このナノ粒子は、バラバラに壊したり元の形に戻したりできるため、薬剤を中に閉じ込めて体内に運ぶナノカプセルなどへの応用が期待されている。

自分の代名詞になるような分子をつくる

2014年4月に現職に就いた川上さんは、「世界にまだ存在しない分子をつくろう」と今の研究を始めた。「私は今まで様々な分野の研究をしてきました。ある意味、研究者としての業績に一貫性がないともいえます。そんな人間が研究の道で生き残るためには、『〇〇といえば川上』といわれるような、自分の代名詞になるものをつくる必要があると考えました」と研究の動機を語る。
タンパク質はこれまでも研究でよく扱ってきたので、タンパク質を材料に新たな分子をつくることにした。そのモチーフとして選んだのが、サッカーボールの形だ。「学生の頃、フラーレンの構造を見たときに、その形の美しさに惹かれました。フラーレンは60個の炭素原子からなるサッカーボールの形をした分子です(図1)。あとから、サッカーボールの形は植物から宇宙空間まで、あらゆるところに存在することを知り、この形には何か意味があり、できやすい理由があるのではないかと思って、いつかサッカーボール型の分子をつくってみたいと考えていたのです」。

図1 あらゆるところに存在するサッカーボールの形
炭素原子60 個から構成されるフラーレン(左)、開花後にサッカーボールのような球状に種をつけるマツムシソウ(中央)、サッカーボールのような形の惑星状星雲「クロンベルガー61」 Credit:International GeminiObservatory/AURA(右)。

融合タンパク質からサッカーボール型粒子をつくる

では、どうやってタンパク質でサッカーボール型の分子をつくるのだろうか。川上さんが注目したのは、融合タンパク質を用いた分子デザインの方法である。
私たちの身体の中では、複数のタンパク質が自発的に集まって複雑な立体構造をつくり、それらが働いている。この性質を利用し、ブロックを組み立てるようにタンパク質を人工的にデザインして目的の形をつくろうという研究が、2000年頃から行われてきた。
2014年、アメリカの研究グループが、2種類のタンパク質をつなげた融合タンパク質を使って、多面体の分子をつくることに成功していた。しかし、同時に複数の形の多面体ができてしまうという課題があった。生成物に多様な形が混ざっていると、産業応用を目指す上では大きなネックになる。川上さんは、なんとかサッカーボール型の分子だけを生成するような方法はないかと探った。
「サッカーボールは五角形が12個、六角形が20個からなる多面体です。まず思いつくのは、五角形と六角形を貼り合わせるデザインです。しかし、五角形と六角形を整然と並べる方法がわからないし、どうやって辺どうしをつなげればいいのかもわからない」。展開図を眺めたり模型をつくったりして考えていると、川上さんはあることに気づいた。「サッカーボールの形をつくるには六角形が絶対に必要だと思い込んでいたのですが、五角形の頂点を線分でつなぐとそこに六角形が現れるのです(図2)」。

図2 サッカーボールの展開図
サッカーボールは五角形が12 個、六角形が20 個で構成される。五角形の頂点を結ぶと(赤線)、六角形が浮かび上がってくる。

オイラーの多面体定理「(頂点の数)-(辺の数)+(面の数)=2」から、六角形と五角形からなる多面体は必ず12個の五角形を含むということが導かれる。つまり、五角形の頂点から伸びる線分どうしをつなぐ仕組みをつくれば、サッカーボール以外の形はできないはずだ。「これならいける!」と自信を得た。
具体的に融合タンパク質を設計し(図3)、実験で検証したところ、サッカーボール型と思われる分子量の粒子のみがつくられていることが確認できた。ただし、この粒子は直径約22ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)と極めて小さく、その構造が本当にサッカーボールであるかどうかを調べるには高度な技術や装置が必要となる。共同研究者の協力を得て、2017年のノーベル化学賞の対象となった「クライオ電子顕微鏡」を用いた解析により、構想から約5年の年月を経てようやくその生成物がサッカーボールと同じ構造であることが実証された(図4)。

図3 サッカーボール型分子をつくるためのデザイン構想
2種類のタンパク質をつなげた融合タンパク質が60個集まり、サッカーボールの形になるように設計した。パーツとなるタンパク質は天然に存在するもので、緑色と青色のタンパク質はそれぞれが互いに引き寄せ合う性質を持つ。また、青色のタンパク質はフック状になっており、フックが引っ掛かることで構造が安定する。実際には、融合タンパク質の遺伝子を大腸菌に導入し、大腸菌の中で融合タンパク質をつくらせる。すると、この融合タンパク質が自発的に集まってサッカーボールの形に組み上がる。

図4 クライオ電子顕微鏡を用いて明らかになった構造(上)とその模型(写真)
狙い通り、60 個の融合タンパク質からなるサッカーボールの形であることが確認できた。手に持っている小さい模型は融合タンパク質5個が集まった五角形のピース。60 分子で構成される切頂二十面体型タンパク質(Truncated Icosahedral Protein)なので、TIP60 と名付けた。

ナノカプセルやナノ材料としての応用に期待

当初は自分の代名詞になるものをつくる目的で始めた研究だったが、サッカーボール型ナノ粒子の成果を論文や学会で発表すると、大きな反響があった。ナノ粒子の中が空洞であるため、薬物を閉じ込めて体内に運ぶナノカプセルとして利用するなど、将来的な可能性が注目されたのだ。
そこで、次に川上さんは、このサッカーボール型ナノ粒子を自在にバラバラにしたり、元のサッカーボールの形に戻したりできる技術を開発した。元の形に戻すときに、中に入れたい物質を添加すると、サッカーボールの中に閉じ込めることができる。
最近では、研究室の学生がサッカーボール型ナノ粒子を低コストで大量に生成できる技術を開発した。また、この粒子を大量につなぎ、まわりに水分をため込んだ柔らかいゲル状の材料の開発も進めている。このゲルに刺激を与えると、サッカーボールの形が壊れて中に詰めていた物質が出てくるような仕組みを考えているという。
「私が目指しているのは、サッカーボール型ナノ粒子を世界中のたくさんの人に使ってもらうことです。中に別の分子を詰めたり、ゲル状にしたりと、いろいろな使い方ができることを示していくことで、他の研究者が何か材料を探しているときに、『そういえば、ああいうのあったよね』と、私たちのつくったサッカーボール型ナノ粒子を思い出してもらえたら、とても嬉しいです」と川上さんはナノ粒子の将来についての抱負を語っている。

(取材・構成 秦 千里)

インタビュー

川上了史専任講師に聞く

勉強嫌いだった中学生時代

子供の頃から勉強はお好きでしたか?

いえ、まったく。小学生の頃は勉強しなくてもテストの成績は良かったのですが、中学2年生くらいから授業を聞いているだけでは理解できなくなってきて、特に英語が苦手でした。「なぜここの前置詞はforなんだろう」と疑問に思っても誰も教えてくれませんし、納得いかないことばかりで、勉強が嫌になってしまったんです。
家では部屋で勉強しているふりをしながら、実際はマンガを読んだりゲームをしたりしていました。今思うと、非常に扱いにくい中学生だったと思います。

高専に行き、勉強の面白さを知る

中学を卒業して、高専に進まれたのですね。

本当は進学校の高校を候補にしていましたが、中学の先生から「合格は難しい」と言われ、なんとなく高専を選びました。高専がどういうところかよく知らなかったのですが、入ってみると、自分にすごく合っていました。ちょっと変わった学生が多かったので、そんな中にいると、私も自然となじめて、居心地が良かったですね。
また、高専の教員は、大学の研究者のように、自分の専門分野があり、研究している方たちなので、専門分野の話になると「これが面白いんだ」と楽しそうに話すのです。疑問に思ったことを質問すると、真剣に答えてくれますし、答えがない場合は「こういう風に考えたら分かるんじゃないか?」とアイデアを提案してくれました。先生どうしの掛け合いを聞くのも楽しくて、「科学は人間の活動で営まれているんだな」と感じました。
それは自分にとっては、とても大きな経験でしたね。中学までは教科書に書いてあることをただ覚えてテストの答案を埋めるのが勉強だと思っていましたが、高専の先生たちの会話を聞いていると、「だからこれは知っておいた方がいいんだな」と、納得して知識を得ることができます。そんなふうに自分の興味のままに追究していると、好きな分野は自然にどんどん成績が上がっていきましたね。

高専で影響を受けた恩師との約束

研究の道に進もうと思ったのは?

高専は本科が5年間あり、その後、希望する人はより高度な教育が受けられる2年間の専攻科に進みます。本科を卒業して就職する人も多くいますが、せっかく高専に入ったので専攻科に進みました。
高専では、セラミックス等を使った水質浄化の研究をし、このときの指導教官である久冨木(くぶき)志郎(しろう)先生(現在は東京都立大学准教授)には多大な影響を受けました。研究の面白さを知ったのもこのときで、卒業後の進路に迷っていたとき、大学院への進学を勧めてくださったのも久冨木先生でした。
当時、久冨木先生が「君が将来研究者として大成したら、何かコラボレーションできるといいね」とボソッとおっしゃって、そのときは「そんな道もあるのか」と遠い未来のように考えていました。ですが、サッカーボール型ナノ粒子のほかに、もうひとつ、私が取り組んでいる「大腸菌を使った生物進化」の研究は、久冨木先生の技術と相性がよさそうなので、近々、本当に久冨木先生と共同研究をできないかと考えています。

初めて研究の楽しさを感じたのは?

久冨木先生のもとで研究していた当時、「光触媒」がとても流行っていました。光触媒とは、光を当てると触媒作用を示す物質のことで、代表的なものに酸化チタンがあります。酸化チタンの光触媒作用は、空気の浄化や抗菌などに活用されています。 当時、私は、何も理解していなかったので、光を当てたら触媒作用で化合物が分解する、というキーワードだけ拾って、ひとつの仮説を立てました。それは、酸化チタンを砂糖水に入れて光を当てたら、触媒作用によって砂糖が分解され、砂糖水の濃度が下がるのではないかというものです。ところが、実験した結果は逆で、砂糖水の濃度が上がったのです。「何か合成されたのではないか」、大発見だと思って久冨木先生に意気揚々と報告しに行ったところ、「それはただ水が蒸発しただけだよ」と一蹴されました。 今考えれば、当たり前の結果なのですが、これが初めて、私が研究の面白さを感じた経験でした。仮説を立てて実験し、結果が予想と違っていたとしても、その結果に対してきちんと説明ができる。こうした仮説をもとに動く研究の営みは、とても楽しいのかもしれないとワクワクしました。

ポスドクから始まる研究者のサバイバル道

その後、広島大学大学院を修了し、ポスドクとして名古屋大学に進まれたのですね。

はい。広島大学の大学院では菊やホヤの研究をしました。その後、ポスドクとして名古屋大学でタンパク質の化学を中心に行われている生物無機化学研究室に採用されたのですが、広島大学ではずっと生物系の研究をしており、化学の研究に携わるのは高専以来で、どんな研究テーマに取り組めばいいのかもわかりません。そこで、研究室の学生たちに、「今このラボで、一番難しい、あるいは一番面白い反応って何かな?」と聞いて回りました。皆ができないと思うような反応が実現できれば、研究室のためになるし、自分も研究者として生き残ることができるだろうと考えたのです。
そして、幸運にも困難と思われた反応を実現することができました。ただ、まったく同時期にドイツのグループからも同じ研究内容の論文が投稿されていたようで、私たちの論文投稿のタイミングが少しでも遅かったら、その反応はドイツのグループの成果となるところでした。もしそうなっていたら、私の研究者としての道も断たれていたと思います。

研究者として大切にしていること

そうした研究経験が、サッカーボール型ナノ粒子の成功につながっていくのですね。

実は、慶應義塾大学に着任後、サッカーボール型ナノ粒子の研究に取り組む前に、別の分子デザインをしていたのですが、失敗続きで、なかなかうまくいきませんでした。つくった分子について、構造解析の技術をもつ東北大学の先生にお願いして、その構造を観察させてもらったところ、いろいろな大きさの粒子が不均一に混ざっており、東北大学の先生から「これゴミじゃないかな」と言われてしまいました。 着任直後から1年少々かけて取り組んだ結果だったので、とても落胆しました。着任当時の任期は上限3年です。「これでいよいよ研究者人生も終わりかな」と絶望したのですが、すぐに「どうせ最後なら、やりたい分子デザインに挑戦して、ダメだったら研究者を諦めよう」という気持ちになって、その帰りの新幹線で学生に「サッカーボール型の分子をつくる」というアイデアを熱く語っていました。もともとあまりくよくよしない性格なのも、ここまで研究者としてやってこられている理由かもしれません。 自分の研究が多くの人の役に立ってほしいという気持ちは強くありますが、究極は「こういうものをつくりたい」という自己満足に行きつく気がしています。私にとって分子デザインは、描きたい絵を追求する感覚に近いのです。今は役に立つことが研究に求められますが、自分の内側から沸いてくる興味や探求心も大切にしていきたいと思っています。

研究する空間はできるだけ良い雰囲気に

慶應義塾大学に来られて、大学や研究室の雰囲気はどのように感じていますか?

国立大学と比べて、学生の自由度がとても高いですね。教員に対しても割とフランクで、気軽に話しかけてくれるので、学生たちのキャラクターがつかみやすく、指導もしやすいです。
これまで数々の研究室を渡り歩いた経験から、研究室の雰囲気は、研究に対するモチベーションを大きく左右すると感じています。なので、自分たちが研究する空間はできるだけ良い雰囲気にしておきたいと思っています。 そのため、指導に対する考え方として、学生と普段からよく話をするということを重視しています。


どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎

学生さんから

● 研究室を選んだ理由は、学部のときの川上先生の授業がとても面白かったからです。「本当に楽しいから研究をしているんだな」ということが伝わってきました。私はサッカーボール型ナノ粒子の研究をしていて、今後も研究を続けていきたいと考えています。研究の世界は、“正しいこと”だけではなく“面白いこと”を選んでも、それも成果になるというのがとても魅力的だと思っています(博士2年生)。
● 僕は大腸菌を使った生物進化の研究をしています。この研究室を選んだのは、川上先生の人柄が大きいです。川上先生はどんな質問にも熱意をもって答えてくださいますし、ふだんからジョークを言ったりする雰囲気なので、気軽に安心して相談できます。こちらが納得するまでとことんディスカッションしてくださるので、主体的に研究を進められている感覚がありますね(修士2年)。

(取材・構成 秦 千里)

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