都市にはさまざまな表情があり、魅力がある
幼い頃から、都市に興味があったというアルマザンさん。国境を越え、いろいろな都市を巡りそこに住んで、研究してきた。日本の建築デザインに強い憧れをもち、15年前に研究生として来日。グローバルな視点から、日本の都市研究に新たな光を投げかけてきたが、さらに今、地方都市を舞台にユニークな空間を創り出し、注目を浴びている。
2003年マドリード工科大学修了。2001年ダルムシュタット工科大学留学。東京工業大学で博士学位を取得。2008年ソウル市立大学建築学科客員教員。2009年より慶應義塾大学に勤務し、現在は准教授。建築デザイン研究室「スタジオラボ」を運営し、建築設計と研究の双方を複合的に扱いながら活動している。
「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの研究者を取り上げて紹介します。
今回登場するのは、建築デザインでコミュニティづくりに貢献するホルヘ・アルマザン准教授です。
今、日本の地方都市では、市民によるまちづくりプロジェクトがさまざまな形で進行している。高齢化と過疎化が進むまちに賑わいを取り戻すためには、コミュニティを育む拠点となる“場”の役割が重要だ。世界の都市を研究してきたアルマザンさんは、建築デザインを通して新たなまちづくりに貢献している。
アクションリサーチによる問題解決手法
建築デザインには3つの重要な要素があるとアルマザンさんは考える。それは形態(form)、環境(environment)、そして人々の行動(activity)だ。建築デザインの本来の主要なテーマは「形態」だったが、1970年代以降は、持続可能性(sustainability)が社会的に大きな問題となり、「環境」を考慮した建築が必要とされるようになった。
しかしながら「行動」の要素は、これまで十分に注目されてきたとは言い難い。「有名な建築家に依頼したら、かっこいいけれど使いにくいものになってしまった、という話はよく聞きます。それは私たち建築デザイナーの課題ですね」。
アルマザンさんは、この3つの要素がうまく実現した理想的な空間として、日本の“縁側” をあげる。「どんな縁側でも本当に美しいし、庇(ひさし)によって夏は涼しく、冬は暖かい構造です」。加えて外と内との中間領域にあることから、それぞれの活動を分断せずにうまくつなげる働きがある。「外を通る近所の人にあいさつしたり、誰かと一緒に庭を見てリラックスしたりするなど、縁側によって引き出される行動があります」。
このような行動を伴った空間を設計するためには、理論的に考えるだけではうまくいかない。実際に行動を起こし、その結果について検討を重ねることが重要である。
アルマザンさんは、このような研究手法として、社会心理学者のクルト・レヴィンが提唱した「アクションリサーチ(行動+理論)」を建築デザインに応用している。検討を重ねる中で、物事の背後にある深い問題に気づかされることもあるという。
「これからは、行動(activity)をデザインすることが多く求められるようになると思います」とアルマザンさん。特に地方都市におけるプロジェクトでは、コミュニティを育み、地域の活性化に役立つ公共空間が必要とされている。そのためにはどのようなデザインにすればよいのだろうか。
これまでの都市研究において、人が集まって賑わうには、座って滞在できる公共空間が必要だと言われてきた。ところが日本には滞在できる公共空間が少ない。アルマザンさんは、座って滞在できる公共空間を提供することによって、日本の人々がどんな行動を取るか、現場で観察を試みた。
実験場所に選んだのは観光スポットとして人気の横浜赤レンガ倉庫(神奈川県・横浜市)。建物内はショップや飲食店があって賑わうが、中央に位置する広場は活用されておらず、がらんとしている。そこで、この場所に300脚の動かせる椅子を設置してみた。不要となった学校の椅子を市民参加型のワークショップでカラフルに塗装して生まれ変わらせ、低予算ながらも個性的で魅力的な椅子を作って広場の好きな場所で使えるようにした(下の写真)。
この実験は2016年1月に行われたが、真冬にもかかわらず多くの人が椅子を自由に使ってそれぞれの時間を楽しみ、賑わいのある空間になったという。当日の様子はビデオに収め、人々の行動を詳しく分析した。
アルマザンさんは、この実験結果を含め、これまでの研究成果を実際のプロジェクトの設計に生かしている。代表的なまちづくりプロジェクトの一例を紹介しよう。
横浜赤レンガ倉庫前広場のイベントの様子
下の写真と設計図は、山梨県市川(いちかわ)三郷町(みさとちょう)に残る有形文化財「旧二葉屋」の敷地内にある酒蔵を改修してギャラリーにしたものだ。現地のまちづくり団体「市川マップの会」と共同で設計し、地域活性化の拠点づくりを目指した。ギャラリーの内外で多様な活動が行えるように、主屋とギャラリーの舞台をつなぐように飛び石を配置している。
「候補地は江戸時代の古い蔵でしたが、構造的に危険や問題はありませんでした。解体して新築する方法もありましたが、解体費用も高額ですから、リノベーションで活用することを勧めました」。いろいろな提案を模型を作って見せながら、市民たちと一緒に設計を進めたという。
このプロジェクトの一番の特徴である蔵の中と外がつながった舞台は、もともと予定されていたものではなく、ディスカッションの中から生まれたものだ。施設のオープン後は、能をはじめいろいろなイベントが頻繁に行われている。婚活パーティーでも盛り上がっているらしく、「地域に貢献できてうれしい。建築の力を実感します」とアルマザンさんは笑顔を見せた。
改修前の古い酒蔵。
いろいろな使い方で楽しまれる蔵と舞台。
人々の動線を検討するための設計図。
「旧二葉屋」の敷地内にある酒蔵を改修したギャラリー。
現在、ヨーロッパや日本では、新築よりもむしろ、建物の維持や再生など、リノベーションの重要性が増している。これにより、建築家の役割が拡張されているとアルマザンさんは言う。「コミュニティの運営や管理に関わったり、自分達で地域の問題を調べて解決策を提案したり、社会活動家に近い役割が求められていると感じます」。
このようなことから、アルマザンさんは自らの研究室の活動を、「社会活動(Social action)」「研究(research)」「学び(learning)」の3つの柱のもとに展開している。
アルマザンさんがとくに強調するのは「学び(learning)」の重要性だ。「研究と教育プログラムを分けて考える人も多くいますが、私はそれを一緒に考えています。だから「教育(education)」ではなくてlearningという言葉を使っているのです」。
学生には、実際のプロジェクトを動かしながら、多くのものを学んでほしいと願っている。これまでの建築の枠にとらわれずlearningする建築家の努力が、プロジェクトを活性化させ、成功に導くのだろう。
ホルヘ・アルマザン准教授に聞く
バレンシア州のアリカンテ市というところです。地中海に面した観光地で、1年を通して天気がよく、ビーチがきれいで、みんなリラックスしています。スペインで一番おいしいパエリアが食べられますよ。
そのほかにもいろいろな要素がそろったコンパクトな都市です。大学もありますし、様々な展覧会やイベントなども数多く開かれ文化的にも充実しています。
絵を描くことと読書が大好きでした。アート好きな少年で、映画(ショートフィルム)を作ったこともあります。毎日絵を描いていたかったので、芸術(アート)の道に進むことも考えたのですが、社会や人と関わりたいという気持ちが強く、最終的に建築を選びました。
建築物を設計するためには法規や構造計算、設備などを学ばなければなりませんが、アートの要素もありますし、何よりも大勢の人との共同作業ですからね。
私が進学したマドリード工科大学は、18世紀に開校した工学と建築学を専門とする2つの技術学校が1971年に合併してできた大学で、これまでに多くの優秀な建築家を輩出してきました。日本のシステムと違って、大学の課程は7~8年かかりますが、修了時には建築士の資格を得ることができます。ここで建築学の専門的な基礎をしっかり学びました。
在学中に1年間、ドイツのダルムシュタット工科大学に留学しました。ダルムシュタットは、ドイツのアール・ヌーヴォーと言われる、ユーゲント・シュティール様式の建築で有名な都市です。
この留学はEUのエラスムス計画 (ERASMUS, European Region Action Scheme for the Mobility of University Students)という、学生の人材交流を促進する助成金プログラムによるものです。EUはヨーロッパ統一の理念のもとに、これまでになかったような国を作ろうとしていますが、そのためには、人材交流がとても重要です。
EU諸国の学生たちの多くがこのプログラムを活用して国際的な友人関係を築き、3カ国語(母国語と英語、そして留学先の国の言語)を普通に話すことができます。
ダルムシュタットでドイツの建築や都市について学びましたが、ヨーロッパ以外の建築に触れてみたいという思いがありました。日本の建築家は世界的にも人気があります。丹下健三、黒川紀章、安藤忠雄、伊東豊雄、妹(せ)島(じま)和代など、世界の若手建築家たちの多くは彼らの作品に学んでいます。日本のみなさんはどれだけ意識をされているかわかりませんが、日本の建築デザインは世界でトップクラスです。
日本への留学を考えていたとき、たまたまあるワークショップで妹島さんにお会いしました。思い切って相談をしたところ、国費留学の申請でいろいろ力になってくださり、2年後に東京工業大学の塚本由晴教授の研究室に研究生として入ることができました。塚本研究室では、実務としてのデザインコンペティションや設計にも関わることができ、いい経験ができました。
一番驚いたのは、公共空間が少ないことです。ベンチがないし、広場もない。「なぜ日本には広場がないのか」。日本人の研究者に尋ねたところ、多くは「文化の違い」という答えでした。「日本人には戸外の広い空間ではなくて、室内が向いている」というのですが、浮世絵を見ると、江戸時代の日本橋は随分にぎわっているじゃないですか。「蚊がいるから」とも言われましたが、蚊なら、スペインにもイタリアにもいるわけですし(笑)。
ヨーロッパの街を観光している日本人たちは、オープンカフェを楽しんだり、広場でくつろいだりしているように見えます。日本に広場がないのは文化的な問題ではないのではないか、というのが私の考えで、それが横浜赤レンガ倉庫前の広場の実験につながっています(研究紹介を参照)。
まず、人々が都市でどのような行動をしているのか、そのためにどのような空間が利用されているのか、調べました。すると、広場とは逆に、ヨーロッパにはあまりない空間が見つかりました。
それは家の延長のような空間です。駅を中心とした商業地域の中に、マンガ喫茶やカラオケボックス、ゲームセンター、あるいはサウナやスーパー銭湯(レストランなど施設付きの銭湯)など、家のように滞在できる空間があるのです。居酒屋でも、個室居酒屋は人気がありますね。広場などの屋外空間はあまり使われていませんが、このような商業空間のなかでいろいろな活動ができます。
「公共空間」の意味だけではなく「家」の使われ方も違いますね。例えば、多くの西洋人は、仲間が集まって楽しむホームパーティをよく開きますが、日本人は外の施設を利用して、家の外で集まっているようです。家と公共空間との中間領域があるのですね。
雑居ビルは非常に面白いですね。雑居ビルもヨーロッパにはない建築物です。ヨーロッパの商業地域では、お店は1階にありますが、雑居ビルでは7階にレストランがあったりするので、とても不思議な感覚です。雑居ビルを調べてみると、そこには、マンガ喫茶、カラオケボックスなど「私的領域」と「商業領域」が交差するようなお店が多いですね。都市としては、駅を中心とした商業地域に注目しました。駅から徒歩5分以内、あるいは半径500メートル以内の地域を見ると、横丁とか飲み屋街、ショッピングエリアなどいくつかの同じ要素で構成されています。渋谷、池袋、新宿など、どの駅を見ても同じパターンがありますが、これは中間領域という社会のニーズに、都市が応えているからだと考えられます。
このように“ヨーロッパにはなくて日本にある”という視点から、東京の活気を読み解いたことは、オリジナリティのある研究になったと考えています。
グローバルな手段によってローカル性を実現しようとする“グローカル”というコンセプトがありますが、私はいろいろなローカル性から学ぶという意味で、“トランスローカル”という言葉が好きです。
「旧二葉屋」のプロジェクトでは、生まれ故郷のアリカンテ市で学んだ広場空間というローカル性を、山梨という別のローカルにもってきました(研究紹介を参照)。山梨という場所には、そこの材料があり、職人さんがいる。その材料を利用し、技術を生かすように、コンセプトを考えます。けれどもそれだけではなくて、ローカルとローカルの間で学ぶ(learning)姿勢で考えていると、トランスローカルについてのインスピレーションを得ることができます。
素材は日本の伝統的なもので構成されていますが、そこで展開されるプログラムには地中海的な考え方が見られる。日本だからこうでなければ、スペインだからこうでなければ、と狭く考えるのではなくて、1つの空間にいろいろな可能性が開かれていていいと思うのです。
理工学部にはやさしい文化があるみたいです。やっぱり人間関係ですね。事務部門の方もほかの教員の方もとてもやさしいです。このような関係がなかったら、外国人の教員はやっていくのが難しかったと思います。
また、研究をしていて実感するのは、慶應義塾大学の社会における信頼性の高さです。公共団体や市民団体をはじめ、いろいろな方々に初めてお会いしても、大学名を出すことで、きちんと話を受け止めてもらえます。
慶應義塾大学ではこれまで、坂(ばん)茂、隈研吾、妹島和世などの素晴らしい建築家が実務をしながら教鞭をとってきた歴史があります。現在は、理工学部・大学院理工学研究科(矢上キャンパス)と、環境情報学部、総合政策学部、および大学院政策・メディア研究科(湘南藤沢キャンパス:SFC)で教育研究を行っていますが、2018年にこれらの学部・学科が共同で運営する研究、教育の拠点「慶應アーキテクチャ」が設立されました。12人の教員が緊密に連携し、世界水準の新しい建築を牽引していく体制が整っています。学生はどちらの学部に在籍していても、一級建築士の受験資格を取得できます。
自分の情熱を育てることはとても大事です。何か好きなことがあれば、時間をかけてそれを磨いてください。そこから自分の研究テーマを見つけたり、デザインスタイルを発見したりできるのです。
建築はアートよりも明確な社会性があります。お金もかかりますね。ですから、学生であっても社会の一員としての責任と自覚が必要です。それぞれが情熱をもって社会に貢献する建築家になってほしいです。
どうもありがとうございました。
◎ちょっと一言◎
学生さんから
●マドリード工科大学に3カ月ほど留学しました。先生の大きなバックアップがあって、心強かったですね。先生はとてもきちっとされていて、論文や研究プロジェクトもていねいにサポートしてくださいます。先生との距離が近いので、細かい点でも相談しやすいです。外国人の学生も多く、インターナショナルな雰囲気の研究室です(修士1年生)。
●理論的な研究だけではなく、研究室のサポートのもとで実際のプロジェクトに参加できるのがうれしいですね。学生が提案する研究テーマやデザインに対して、いいところを生かしたアドバイスをしてくださるので、そこからさらに発展させることができます。うまくいかないこともありますが、忍耐強く、気長に待ってくださいます(アリカンテ大学出身・博士1年生)。
●日本の歴史や都市計画について日本人よりも詳しいので、初めはとても驚きました。私たちが当たり前と感じて見過ごしていることを、海外の新鮮な目で指摘をしてくださるので、新しい発見があります。世界のいろいろな都市との比較もわかりやすく説明してくださり、日本の都市について、広い視点から考えることができます(博士3年生)。
(取材・構成 平塚裕子)