スポ根でがんばったポスドク時代 ポジティブ思考で新分野を切り開く

「たまたま楽しんでいたらこうなった」と語るポジティブ思考の持ち主。そして「出会いに恵まれて、ラッキーなことが起こる」というが、それは目の前にいる人の良さや凄さを見抜き、今起こっていることをラッキーと捉える力があるからではないだろうか。いちばん大切なものを決して手放さない覚悟がある。そこに、自分を縛りつけることなく、研究にも遊びにも120パーセントの力を注いで楽しむ自由が生まれるのかもしれない。

Profile

山本 直樹 / Naoki Yamamoto

物理情報工学科

慶應義塾大学理工学部物理情報工学科准教授。博士(情報理工学)。専門は量子制御理論、量子情報理論。1999 年東京大学工学部計数工学科卒業。2004 年同大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。2004 年から2006 年まで米国カリフォルニア工科大学博士研究員。2007 年から2008 年までオーストラリア国立大学博士研究員。2008 年から現職。2018 年から量子コンピューティングセンターセンター長を兼務。

研究紹介

「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの若手研究者を取り上げて紹介します。

今回登場するのは、理論面から量子コンピュータ研究を牽引する山本直樹准教授です。

量子を自在に操る制御理論が量子コンピュータを実現に導く

数理工学と量子力学を融合させた新分野を開拓

量子とは原子や分子、電子、素粒子などの非常に小さな物質や、小さなエネルギー単位のこと。1メートルの10億分の1を下回るような極小の世界で、量子は私たちの身の回りの現象とは違う不思議な振る舞いをする。その性質を利用した超高速コンピュータが、今まさに実用化されようとしている。そこには量子をいかに捉え、どう制御するのかという難しい課題があった。山本さんは20年前からこの課題に挑戦し研究してきた理論家の1人だ。

量子コンピュータの黎明期に制御理論と情報理論の数理工学でアプローチ

量子コンピュータのアイデアは30年以上前からあったものの、観測することさえ難しい量子を利用して、実際に計算機を作ることは簡単なことではなかった。1998年、当時カリフォルニア工科大学の研究員だった古澤明さんが、遠く離れた場所へ一瞬で情報を伝える“量子テレポーテーション実験”に成功した頃から、「量子コンピュータを本当に作るぞ、という機運が高まったのです」と山本さん。
このニュースをきっかけに、山本さんは量子力学の分野に踏み出していく。とはいうものの、それまで量子力学を専門的に勉強したことはなかった。当時、山本さんは東京大学の計数工学科の学生で、応用数学系科目を幅広く学んでいた。とくに、甘利俊一博士の著書『情報幾何の方法』にたいへん影響を受けた。卒業研究では人工知能の先駆けとなるニューラルネットを、修士課程では制御理論と情報幾何を研究している。
「甘利先生は統計、制御、最適化などの数理工学を“幾何”という観点からまとめあげました。『情報幾何の方法』ではニューロンや脳科学なども取り上げられていて、すでに量子情報の章もありました」。さまざまな方法論を共通する数学で把握しようとするこの本の精神は、そのまま山本さんの研究スタイルとなり、今に至るまで一貫している。
山本さんは、これまでやってきた制御理論や最適化理論などの数理工学と量子力学を結びつけた新分野を切り開くという野望を抱き、自分なりの新しい視点を取り入れて論文を書いた。学位取得後は「量子の制御」に的を絞り、制御工学におけるフィードバック理論(ものの状態を見て操作を加えること)の量子版を手掛けようと、当時この分野で先行していたカリフォルニア工科大学でポスドクとして研究を始める。

図 1 量子コンピュータの仕組み
量子コンピュータ開発のブレイクの一因は、1994年にショアが発見した素因数分解の量子計算アルゴリズム。これによりRSA暗号が解けることになれば、セキュリティ上の大問題になるからだ。実際に解くためには1000量子ビットぐらいの量子コンピュータが必要と言われており、実現は遠い将来の話と考えられている。 図は量子コンピュータで21を素因数分解する仕組みのイメージ。 二重スリットを通った粒子は、右のスリットを通った状態と左のスリットを通った状態の重ね合わせになり波の性質を示すので、スクリーンに等間隔の縞模様(干渉縞)が現れる。 スリットとスクリーンの間に21という情報をもつ量子コンピュータを挟むと、干渉縞の濃淡に差が出て、スクリーンに書いてあるさまざまな答えの中から「この辺だよ~」と教えてくれる。

量子の世界をガラッと変えたこの20年

「制御」とは、ある状態に操作を加えて、別の状態に変えることだが、そのためには対象の状態を見て、把握しなければならない。ロボットにコップを持たせる場合、ロボットがコップの位置や大きさを把握できなければうまく持てないだろう。通常のコンピュータでは、ビットが1か0かをまず把握する。ところが量子コンピュータの場合、把握すべきものは1か0かではなく、1と0を重ね合わせた状態(量子ビット)になる。量子力学によればこの状態を見る(観測する)ことはできない。見たとたんに重ね合わせは解消されて、1か0になってしまうからだ。
「見る」という行為は、たとえば「もの」に光を当てて、その反射光を計測することでなされるが、量子の大きさになると、光を当てるとその状態は変化してしまう。つまり状態を変えずに見ることはできないのである。それが量子力学の常識だった。
「見てはいけないものを制御する(笑)。そういう深い問いが隠れているんですね」と山本さん。有名な“シュレーディンガーの猫”の比喩では、猫は寝ている状態と起きている状態の重ね合わせ状態にあり、普通の光を当てる方法でこの猫を見ることはできない。猫に気づかれずに見る方法はないか、研究者たちは頭を悩ませた。しかしついに、この問題を解決するための、特殊な弱い光を生成する方法が開発されたのだという。シュレーディンガーの猫が見えるようになったのだ。この後、さらに、この猫の状態を自由自在にフィードバック制御する方法もわかった。
これらを含む量子制御に関する一連の研究は「量子システムの計測と操作を可能にした実験手法の開発」として2012年のノーベル物理学賞の対象になり、仏高等教育機関コレージュ・ド・フランスのセルジュ・アロシュと米国立標準技術研究所のデビッド・ワインランドの2氏に贈られている。
このように量子システムを観測する技術が1990年代後半ごろから開発され始め、徐々にそれらをフィードバックでうまく動かせるような体系ができあがってきた。山本さんがカリフォルニア工科大学に移った当時、この分野の数学はまったく確立されていなかったが、いくつかの幸運が重なって、世界に先駆けてこの理論を習得することができた。その後、オーストラリア国立大学研究員を経て現在に至っている。
山本さんの論文は、カリフォルニア大学バークレー校の実験チームによって検証されるなど評価されており、「理論家としては非常にうれしいこと」とほほ笑む。「重ね合わせを自由自在に制御するための理論が発展を遂げ、ノーベル賞で認められたりもして、量子の世界がガラッと変わってきた20年でした」と山本さん。今は量子制御理論を応用して、集積化が限界にきている電子回路のフィードバック制御の量子化にも取り組む。次世代コンピュータに必須の技術として期待され、科学技術振興機構(JST)のプロジェクトとして進行している。

図 2 シュレーディンガーの猫の制御法(Haroche=アロシュの実験の比喩)
1)箱の中では「光がある状態」(起きている猫)と「光がない状態」(寝ている猫)が重なり合っている。
2)目標は「必ず光がある状態」をつくること。
3)原子を(光の状態を壊さないように弱く)当てる。
4)箱から出てくる原子は、光の状態を教えてくれる。
5)もし「光がない」という情報が得られたら光を増やす(寝ている猫に餌をあげて起こす)。

世界でヒートアップする量子コンピュータ研究

量子コンピュータ開発は今、実用化を目指し熱い視線が注がれている。「世界の巨大企業が、量子コンピュータ開発に巨額の資金を投入しています。また、アメリカでは関連したスタートアップ企業やベンチャー企業がどんどん増えており、日本も負けてはいられません」と山本さん。ハードの開発に加え、今は機械学習への応用などを志向するアルゴリズムが盛んに研究されている。
慶應義塾大学では、量子コンピューティングセンターを立ち上げて2018年5月に「IBM Q Network Hub(※1)」を開設、20量子ビット(※2)の実量子コンピュータを用いた量子アルゴリズム研究に着手した。将来のビジネス化を念頭に企業と連携したプログラムで、山本さんはセンター長として研究の先頭に立つ。
具体的には、迅速な株価評価を行うための高速モンテカルロ積分法や、少ないデータで効率よく人工知能を鍛える量子機械学習の研究を実施している。「私が学部や修士のときに研究していた分野につながっています。ラッキーですね。他にも色々な数理工学の問題にアタックしています。今まで取り組んできた制御や最適化の話も組み合わせて、量子コンピュータの数理工学を展開していきたいと思います」と山本さん。日々発展する量子コンピュータの世界で、オリジナルの数理工学基盤を打ち立てることができるか、山本さんの挑戦は続く。

※1「IBM Q Network Hub」
IBM Corporationがビジネスやサイエンスで応用可能な汎用量子コンピューティングシステムを構築するため、2017年に立ち上げたシステム。米国オークリッジ国立研究所、英国オックスフォード大学、オーストラリアメルボルン大学などがハブとなっており、日本では慶應義塾大学が担う。
なお、5量子ビットの量子コンピュータはクラウドベースで自由に使うことができ、次のサイトからアクセスできる。
IBM Q Experience
https://www.ibm.com/developerworks/jp/cloud/library/cl-quantum-computing/index.html

※2 「20量子ビット」
1量子ビットは1と0の2つの状態を同時計算できるので、20量子ビットの量子コンピュータは2の20乗、すなわち約100万状態を同時計算できる。量子ビット数が増えると、計算速度は指数的に増大する。

(取材・構成 池田亜希子)

インタビュー

山本直樹准教授に聞く

もともと研究者になりたいと思っていた

どんな子ども時代を過ごされましたか。

父は商社マンで、特別に理系の環境の中で育ったわけではありません。子どものころはゲームやファミコン、マンガに野球と、友達といろいろな遊びに夢中になっていました。中学ではテニスをしていたのですが、部活が終わった後は友達の家に入り浸り。5、6人で「信長の野望」などのゲームをひたすらやっていました。高校でもテニスをしたかったんですが、強豪部で、テニスをとるか勉強をとるか迫られて、勉強をとりました(笑)。大学入学後はテニスを再開、修士1年まではかなり入れ込んでいました。

研究者を志したのはいつごろですか。

もともと、制御理論や最適化理論の方面で研究者になりたいとは思っていました。そこで「何を研究するか」が大事になるわけですが、量子コンピュータ関係の進展も気になっていました。それで、博士課程から急に量子情報を研究し始めました。普通、博士課程になってから専門分野を変えることはあまりないのですが、私の場合は思いっきり変えてしまいました(笑)。先生方からも「好きにしていい」と言われていました。いい意味での放置です。独学もいいところでしたね。物理学会に所属していなかったこともあり、対外発表もあまりしませんでした。でも時間がたっぷりあったので、いろいろ深く考えて研究することができました。
指導を受ける教員の専門外の分野を手掛けることはリスキーでしたが、専門の数理工学を活かしてオリジナルの結果を出せるだろうとは思っていました。博士課程では大きく3つの成果を挙げたのですが、後でかなりの大物(量子コンピュータで有名なマサチューセッツ工科大学のピーター・ショア氏)に論文を引用されるなど、評価されました。学位取得後はテーマを「量子制御」に絞って、その分野でトップだったカリフォルニア工科大学(カルテック)に行くことにしたのです。

海外での研究を経験して慶應大学へ

カリフォルニアでの生活はいかがでしたか。

最高でした。環境もいいですし天気は最高だし、テニスコートは使い放題。日が出ている間は研究、夜はポスドク仲間とテニスの生活でした。 結婚して渡米したこともあって、業績を挙げることも意識して研究をがんばりました。ポスドクは時限付き雇用で、論文を書かないと次の就職口がないのです。“スポ根”で論文を通しましたね。 カルテックは世界最高峰の研究機関なので、教員からも、同僚からもすごく刺激を受けました。何より、いい友達に巡り会えたのがラッキーでした。ルーカス・ボーテン(ルーク)という同じ年のオランダ人です。当時、量子観測に関する重要な論文があったのですが、難解で誰も理解できませんでした。でもついに彼が読み解いて、私に直にレクチャーしてくれたのです。おかげで最新の理論を習得することができました。日中はルークと議論に没頭し、夜は息抜きにテニスをするという充実した日々でした。 無事にいくつかの論文を出版することもできました。当時、20代でやったことが今でも生きていますし、カルテックで経験したことは大きいです。これが、次のオーストラリア国立大学と慶應大学への就職につながっています。特にルークには感謝しています。アメリカでの最終年度に息子が生まれたのですが、ぜひにと頼んで、「ルーカス」をミドルネームにもらいました。

慶應義塾に来られての印象はいかがですか。

今年で10年になり、東京大学で過ごした9年を超えました。人生でいちばん長い時間を過ごしている組織です。学生は素直でスマートな子が多いですね。授業の後、鋭い質問に来る学生もいます。教員も事務の方もみなさん親切で仲がいいですね。慶應イズムの良さを感じます。父が商学部出身で慶應の雰囲気を分かっているせいか、就職が決まったと報告したときはずいぶん喜んでいました。

IBM Qプロジェクトで研究とは違う貴重な経験をする

IBM Qプロジェクトは、これまでの研究とは違う大変さがあるのでは?

ちょうど1年くらい前に学部長から話があり、アルゴリズムやAIにはもともと興味がありましたし、まさかセンター長を務めることになるとは思わず、最初は軽い気持ちでお受けしました。 参加企業の研究者が大学に常駐しているので、金融、AI、化学などの多分野に渡る刺激的な話題に毎日接しています。学生も参加して実際に問題を解いたり、プログラミングをしたり、ディスカッションをしたりと、やっていること自体は普段とそう大きく変わりません。けれども「どのようにして将来的にビジネスに結び付けるか」という視点で研究をするのは初めてです。ビジネスが絡むと注目度が違いますね。取材も増えました。ネクタイを締める機会も増えて、妻は「ようやく社会人らしくなった」と喜んでいます(笑)。

センターの概観は斬新なデザインですね。

米国・東京IBM研究所の事業開発の方々、ロンドンのデザイナーと毎週話し合いを持ちました。時差の関係で、打ち合わせの開始は夜11時なのです。私もいくつかアイデアを出したのですが、採用されませんでした(笑)。でもデザインは嫌いではないので、楽しかったですね。
実は母方の祖父が画家なのです。母も叔父も叔母もみんな芸大出身で、芸術一家なんです。私も、中学の写生大会では1年から3年まで、毎年、賞を取りました。身内では誰も、私が理系の研究者になるとは思っていなかったようです。絵と数学は一見関係なさそうですが、面白い数学はやはりきれいに構築されていて、感動します。だから、きれいなものを作ろうという感覚は近いのかもしれません。

真剣に考えて努力すれば道は開ける

研究に打ち込んでいる研究室の学生さんに応援メッセージを。

私も学生のときは研究室に住んでいました(笑)。自分自身、いろいろ楽しんでいたらこうなったので、「こうしたらいい」というアドバイスはあまりできません。でも、打算的にならなくても、その場その場で真剣に考えて努力すれば、そのうちに道が開けるのではないかと思います。
情報が氾濫している中で進路に悩む学生から「どういう研究をしたらいいですか」と質問を受けることがありますが、「とりあえず甘利先生のこの本を読んでみたら」、くらいしか言えないのです。
私自身はあまり戦略を立てませんでした。周りを見渡すとたくさんすごい人がいましたから、そういう人たちをロールモデルにしてきたように思います。良い研究をするのはもちろん、生き方の姿勢に感銘を受けた方もたくさんいます。身近に良いロールモデルを見つけること、というのが1つのアドバイスになるかもしれません。

ご自身はどんな先生を目指されていますか。

楽しそうにしているのが大事かなと思います。なるべく楽しそうにね。学生に対してはあまり「あれしろ、これしろ」とは言わないようにして、代わりにほめます。たまにいいアイデアをもってくることがあるんですよ。「こういう計算をしてみたら、こんな結果が得られたのですが、どう思いますか」と。そのときは、かなりほめます。 慶應の学生はみんな地頭が良いので、自分から考えて行動してくれるようになったら、あとは細かい軌道修正だけで十分ですね。議論の相手をするだけで成長していきます。

 

どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎


学生さんから
●山本先生は「教授」という固いイメージではなく、どちらかというと学生に近い感じです。いい意味でラフ、なんでも「オーライ、オーライ」って受けてくれます。気さくで、何でも許してくれて、私たち学生の自主性を重視してくれるのがありがたいです(学部4年生)。


●研究室の雰囲気は楽しいです。だから自然にコミュニケーションもよく取れます。やたらに「あれやれ、これやれ」と言われないのがいいところ。普通、研究室にはいろいろなルールがあって、「君はこの係をやってくれ」と決められたりするのですが、そういうことが一切ありません。本当に一人ひとりが自由にやっている。自分の中でルールを作って、自主的にやっています(修士1年生)。

(取材・構成 池田亜希子)

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