「誘われたことには、取りあえず乗ってみよう」という前向きな姿勢で、自分の世界を広げてきた

音楽好きの少年だった久保さんは、今、電子工学分野の研究者の道を歩んでいる。
学生時代、NTT時代から研究内容は変わってきたが、
オーケストラで多くの楽器がハーモニーを奏でるように、
多くの分野が融合する研究という点では共通している。
久保さんの選択の裏には、自身が多くの人やモノとつながりたいという気持ちがつねにある。

Profile

久保 亮吾 / Ryogo Kubo

電気情報工学科

東京都出身。専門はシステムエレクトロニクス。特に、通信ネットワークとシステム制御の融合について研究を行う。2005 年慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2009 年同大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻後期博士課程修了。博士(工学)。2007年から2010年まで日本電信電話株式会社NTTアクセスサービスシステム研究所において光アクセスネットワークの研究に従事。2010年慶應義塾大学理工学部電子工学科(現:電気情報工学科)助教(有期)。同学科専任講師を経て、2017年4月より現職(准教授)。

研究紹介

「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの若手研究者を取り上げて紹介します。

今回登場するのは、IoT時代に必要となる通信関連技術の開発をめざす、久保亮吾准教授です。

スマートインフラシステムの実現に向け、
情報通信と計測制御の融合を図る

すべてのモノに快適なネットワーク環境を提供するために

最近よく聞くIoT(Internet of Things)。コンピュータやスマホといったいわゆる情報通信機器に限らず、すべての「モノ」がインターネットにつながるという意味である。そうなれば、私たちの生活は今より便利になると考えられているが、IoTの実現には、技術的に解決しなければならない問題がある。久保さんは、情報通信と計測制御の融合が問題解決につながると考え研究を進めている。

社会で役立つシステムをつくりたい

電気回路や電磁気学などの物理を、実社会で役立つシステムに応用する。電子工学は、研究内容の実用化を常に意識した分野で、コンピュータからロボット、 家庭用電気機器まで、電気で動くものなら何でもと研究対象は幅が広い。最近では、電気自動車が登場し、その自動運転も現実味を帯びてきたことから、電子工学の重要性はますます増している。
この分野の研究者として久保さんは、 情報通信と計測制御を融合してスマートインフラシステムを実現したいと考えて いる。
最近、すべてのモノがインターネットにつながるIoTが、私たちの生活を便利 にすると話題だが、それを実現するのは 簡単ではない。つながれた膨大なモノが 互いにネットワーク資源を奪い合い、干渉し合うことになるからだ。この問題を解決するには、すべてのモノが協調して動作できるように工夫された「スマートインフラシステム」を構築しなければならないと、久保さんは考えている(図1)。 その鍵となるのが、ネットワークを介して情報をやり取りする「情報通信」と、得た情報をもとに制御する「計測制御」の融合だと言う。

図 1 IoT 時代を支えるスマートインフラシステム

IoT の実現を阻む問題「遅延」をなくす

「IoTにはどんな問題があるでしょうか。例えば、工場にある部品組み立て用のロボットは、決められたロボットが決められた作業を決められた順番に行います。これが協調して動かなければ、部品を組み立てられません」と久保さん。
何台ものロボットが作業するためには、まず、最初のロボットに、コンピュータからネットワークを通して作業の指示が出される。次にコンピュータが、その指示が行われたことを確認(計測)し、2番目のロボットに次の作業の指示(制御) を出す。この一連の流れが計測制御で、この繰り返しで組み立て作業は進む。もし、この時に指示通り作業が行われたことを伝える信号の確認が遅れたらどうな るだろうか。作業が行われていないと勘違いしたコンピュータが、再び同じ指示を出してしまうだろう。しかし、実際には作業は終わっているので、おかしなことになってしまう。この通信の遅れを「遅延」と呼び、IoTが実現された際の大きな問題の1つとされている。
「これまでも遅延は問題になっていて、 例えば、“このくらい遅れるだろう”とあらかじめ考慮に入れてロボットを制御していました。しかし、これは根本的に遅延を解決したことになっていません」と久保さん。スマートインフラシステムをつくるには、現在の巨大ネットワークの抱える問題を根本的に解決しなければならないと考えている。
問題解決法の1つが、図1のようにローカルな制御を取り入れることだ。「例えば、衝突事故が多発する交差点があって、そこを通る自動車にネットワークを通じて、衝突回避の制御を行うとしましょう。この制御は交差点内のごく限られた範囲で行えばいいので、小さな容量のマイクロコントロールセンターを交差点の近くに置いて制御すればいいのです」。一般的にインターネットで情報を送ると、情報はいったんネットワークの奥にあるメインのコントロールセンターまで行って戻ってくる。情報が往復する距離が長く、通過する装置数が多いほど、 遅延は大きくなる。しかし、実際にはコントロールセンターに行く必要のない情報もたくさんある。このような情報については、コントロールセンターより手前にマイクロコントロールセンターを設置して処理すればいい。近い場所から制御すれば、通信の遅延は根本的に解消される。

情報通信と計測制御の融合とは

しかし、これでIoT時代のネットワークが抱える問題がすべて解決されるわけではない。そこで必要になるのが、久保さんが提案している「情報通信」と「計測制御」の融合だ(図2)。個々のモノに合わせて細かに制御することで、いろいろなモノがつながることで生じる問題を解決できる。
少し詳しく説明すると、ネットワークを介してモノを動かすには、目標に対して制御が行われた後、その結果を計測して、次の制御のためにフィードバックしなければならない(図2の青、Control over Networks)。一方で、このモノを動かしているネットワーク自体が最適に動いているかも重要で、そのための計測制御のループがある(図2の緑、Control of Networks)。両者ではすでに情報通信と計測制御が融合しているが、さらにこの2つがうまく協働することによって、 最適な状態でネットワークを介してモノを動かせるようにする。
こうした役割は、図1のコントロールセンターや、マイクロコントロールセンターが担っている。

図 2 久保さんが考える「情報通信」と「計測制御」の融合

快適なネットワーク社会の到来

情報通信と計測制御の融合によってできることは、広範囲にわたる。
例えば、限られたネットワーク資源では、すべての通信を速くするわけにはいかない。遅延1ミリ秒以内の通信であれば、人間が遅延を感じることはほとんどないが、これほど低遅延な通信が実際に要求されるのは前出の交差点を通る車の 衝突回避や、医療機器の操作など一部のモノである。
つまり、すべてのモノがインターネットにつながり協調して動かなくてはならなくなったとき、高品質な制御が必要なモノと、そうではないモノを選別する必要がある。それができれば、限られたネットワーク資源であっても、それぞれのモノにうまくネットワーク資源を分配できるからだ。
また久保さんは、IoTでインターネットにつながるモノには、人も含まれていると考えている。「スマホで情報をダウンロードするとき、スマホの先には人がいます。情報サービスですから、この人に満足してもらいたいのです」。難しいのは人には個人差があることだ。同じ速度でダウンロードしたとしても、満足している人がいるのに、そうでない人もいる。この違いを見極めて、各人のスマホへの帯域の割り当てを柔軟に変えればスマホ利用者の満足度を最大化できる。
ほかにも電力ネットワークに対して適用すれば、快適性を維持した上で無駄のない省エネルギーの電力制御が可能になる。サイバー攻撃やネットワークの故障などの不具合が生じた場合には、最小限の被害で食い止めるために、ネットワークをどこで切り離すかといった制御もできる。
すべてのモノがインターネットの上で協調して動けるようになったとき、そこには久保さんが考えている制御技術が貢献しているかもしれない。

(取材・構成 池田亜希子)

インタビュー

久保亮吾准教授に聞く

音楽、言語、文化に興味のあった少年時代

どんな子供時代を過ごされたのでしょうか。

父母と祖父、伯母の5人家族で育ちました。子供の頃はピアノ講師でもあった母の影響を強く受けて、ピアノを習っていました。同じく母の影響でクラシックが好きで、ドボルザークの「新世界」などをよく聞いていました。小学生の頃は合唱部に所属して、NHK学校音楽コンクールの予選に出場するという貴重な経験もしています。
その一方で、学校の勉強では理科や社会が好きでした。友達とテレビゲームをしたり、外でスポーツをしたりすることもある普通の子供でした。

高校時代のホームステイは忘れられない思い出だそうですね。

小学5年生の頃から受験のために週に4~5日塾に通いました。スケジュールはとても厳しかったのですが、私自身は辛かったという記憶はなくて、むしろ小学校とは違う友達ができてとても楽しかったのです。おかげさまで中高一貫の芝中学校・高等学校に進みました。中高の6年間を同じ仲間で過ごした思い出は今でも忘れられません。今でも当時の親友とはときどき集まって飲んでいます。
この頃の思い出といえば、高校1年生のときに2週間の短期交換留学でニュージーランドに行ったことです。初めての海外で、たどたどしい英語しか話せませんでしたが、とにかくコミュニケーションができたことがとても嬉しかったですね。ほかにはロトルアでマオリ族の踊りを見たことやグリーンピースにラム肉、といった食事のことを覚えています。マオリ族の踊りは「ハカ」といって、ラグビーチームが試合の前に必ず踊るので、ニュージーランド人なら誰もが知っています。私も一緒に踊ったのですが、こうやって伝統を引き継いでいるのだと強く感じました。この頃から語学や文化に興味を持つようになりました。

音楽や語学の道ではなく、理系を選んだのはどうしてでしょうか。

メーカー勤務だった父の存在が大きかったと思います。芝高校では、同級生の多くが理系を選択していたことも、迷わず理系に進んだ理由でした。大学は慶應の理工学部へ進学しました。
でも、音楽や言語への興味を失ったわけではありません。大学ではマンドリンオーケストラに所属して打楽器を担当したり、学内外の仲間たちと新しくオーケストラを立ち上げたりして精力的に音楽活動を続けました。オーケストラは横のつながりがあって他大学のメンバーも多かったので、総勢50名ほどの大所帯で定期演奏会を開催したり、他大学の学園祭でオペラのオーケストラ伴奏に参加したりして楽しかったですね。
言語についても第2外国語のドイツ語のほかに、総合教育でロシア語とイタリア語を選択しました。
思い返してみると、純粋に音楽や言語を楽しんでいた部分もありましたが、音楽の和音や、言語の文法の法則性に理系的な面白さを感じていた部分もありました。

慶應義塾大学からNTT、そして再び慶應へ

慶應義塾大学の理工学部では何を学んだのでしょうか。

大学2年生の時の学科分けではシステムデザイン工学科を選びました。その理由は、大学には学門4(機械系)として入りましたが、その後、電気系の技術にも興味が出てきて、両分野を融合させる勉強をしたいと思ったからです。
大学4年生から、大西公平先生の研究室でロボット制御を研究しました。具体的には、ロボットアームを使って、触れた感触を遠隔に伝える研究をしていました。これは手術用ロボットの繊細な動きに必要とされる重要な研究でした。大西先生からは、制御やロボットに関する知識だけでなく、物事の本質を追究する姿勢など多くのことを学びました。
研究テーマを選んだそもそものきっかけは、大学3年生の時に受けた「仮想空間と制御」という演習授業でした。そこで仲間たちと、某コメディアンの方のギャグを真似て、コンピュータの中の仮想空間でミカンやリンゴが剣に刺さると、その感触が現実空間にある剣でも感じられるプログラムを作成したことでした。この時に「制御」に興味を持つようになりました。

その後はいったんNTTに就職したのですね。

研究室に所属した大学4年生の頃から、研究の道に対する漠然とした憧れが芽生えていました。また、この頃には、遠隔操作ロボットの研究をしていたこともあり、今の研究に通じる「ネットワークの制御」が面白そうだと感じ始めていました。それで修士課程で就職することにはしましたが、ネットワーク技術の研究ができるNTTに就職したのです。NTTの研究所では、主に光通信ネットワークの研究をしていました。
NTTの研究所では、研修の一環として、入社後すぐに自ら研究テーマを立案してその研究を進めるという仕組みがありました。指導者の方と相談して多くのテーマを考えましたが、その中で私は光通信ネットワークの省エネルギー化に取り組むことに決めました。理由は、大学でモータなどの電気機器の制御の研究をしている中でエネルギー問題を身近なものとして感じていたからです。最初は、光通信ネットワークはもともと省エネルギーなシステムだからそのような機能は必要ないのでは?という意見もありました。しかし、各家庭に光通信ネットワークが入って装置数が増大すれば、その省エネルギー効果は大きいということが受け入れられて、研究はスタートしました。提案したシステムを試作して実験を行い、標準化提案を行うなど、研究成果が出始めてやりがいを感じながら仕事をしていました。
ちょうどその頃、在職ドクターとして博士号を取った私に、慶應に戻ってこないかという誘いがありました。研究はもちろんのこと教育という職業にも興味があったので、私はこの機会に大学に移ることにしたのです。こうして慶應義塾大学の電子工学科(現:電気情報工学科)に来て、専門であるシステム制御、通信ネットワークなどをもとに、電力・通信・機械などの各種インフラをはじめ、人の行動までも含めたシステムの統合的な制御によるスマートインフラの実現をめざしています。

いつでも人とのつながりを大切に

異分野融合を大事にされていますね。

かつて1つの研究分野だったものが、技術の進展、専門性の高まりとともに、細分化されていくことがよくあります。その結果、専門家が参加するコミュニティも細分化され、異分野間の融合が難しくなります。しかし、様々なシステムが複雑に絡み合うインフラ研究では、異分野融合がどうしても必要です。今は、学生時代、NTT時代などに自分が経験したことを融合させていますが、ほかの専門を持った方や実際にシステムを運用している方との交流を積極的に行って、様々な分野との融合を考えていきたいと思っています。

お父さんになったそうですね。

同じ研究室出身の妻と結婚して、今は娘が1人います。手伝っているとは言えないくらいかもしれませんが、なるべく子育てに関わりたいと思っていて、時間の使い方にメリハリをつけています。家族の存在は仕事の活力にもなっています。

最後に、母校でもある慶應義塾大学とはどのような場所でしょうか?

自分のこれまでの人生を振り返ると、人とのつながりが大事だったと思います。例えば、マンドリンオーケストラに入ったのも、新人勧誘で声を掛けられたからです。学会などのつながりで声を掛けていただいて始めた研究テーマも多くあります。もちろん自発的にやってきたことも多々ありますが、それだけでは自分の幅が広がらなかっただろうと思います。一見、受け身の姿勢とも捉えられがちですが、自分からはやらないようなことにも挑戦できるというメリットがありますし、それらを活かしてオリジナルのアイデアにつなげることもできます。だから、誘われたことはできるだけやってみようと、いつも前向きに捉えるようにしています。
そういう意味で、いろいろな経歴を持った学生がいる慶應義塾はとてもいい場所です。幼稚舎から上がってきた内部生もいれば、一般入試で大学から入ってくる学生もいますし、海外経験のある学生も多くいます。多様性が豊かで、いろいろな学生がいるなという印象です。研究室も、いろいろな考え方や個性を持った人がいた方が、幅が広がります。特に、電子工学のように社会と関わる研究では、いろいろな考え方があることが重要なのです。

 

どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎


学生さんから
サイバーセキュリティと無人航空機の飛行制御を研究しています。無人航空機の研究では実際にドローンなどを飛ばすので、研究にはどうしても機械的な側面が含まれます。久保研究室では機械的な研究を行った前例はあまりないのですが、私のチャレンジしてみたいという思いを優先してやらせてもらっています。大学4年生の時には丁寧に細部まで指導していただきましたが、修士2年生の今は基本的に自由なテーマで研究させてもらっていて、適宜アドバイスをいただいています。

(取材・構成 池田亜希子)

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