数学のおもしろさに気づいたのは、学習塾に通い始めた小学生の頃。「目標を達成するための道筋を自分で考えられるように」というご両親の教育方針のもと、課題や宿題を計画的にやり抜く方法を自ら考え、中学受験、大学受験、プロも視野に入れた競技ゴルフを両立させてきた彼女。修士課程に進んだ今は「確率論」を学びながら、同時にさまざまな社会問題にも目を向けています。大学生活を送るなかで選択したもの、到達した思いを伺いました。
【※】インタビュー時点(2019年7月)の在籍学年です。
部活動には所属していませんでしたが、個人で競技ゴルフに打ち込んでいました。運良く、1度全国大会に出場することもできました。高校から帰ったらほぼ毎日、自宅近くの練習場で2時間くらい練習して、夜に宿題をやってから寝る生活でしたね。ゴルフを始めたのは小学5年生のときで、父が「一緒にやろうか」と連れて行ってくれたのがきっかけです。父のつき添いで始めたのですが、私の方がそのおもしろさにはまってしまいました。
小学生から学習塾に通っていて、中でも数学が一番楽しかったんです。高校時代は熱心に教えてくれる先生方が多く、勉強が楽しいと思える環境でした。日常では、母の運転でゴルフ場へ向かうとき、前を走る車のナンバープレートの4つの数字を掛けたり足したりして、どうやったら100になるかを計算したり、数学の先生に教わった「フィボナッチ数列(前のふたつの数を加えると次の数になるという数列)」をどこまで暗算で足していけるかというのをやっていましたね。数学もゴルフもそうなのですが、どんなに突き詰めていっても終わりがない。やめ時がわからないまま、ここまで進んできたというか…。ひとりで没頭できるものが好きだった、というのもあります。
以前から両親には「課題を終わらせるためには、何をどうすればいいか、自分で計画を立てること」と言われていたので、そんなことを考える癖がついたように思います。高校は生徒の大半が大学進学を希望していたので、宿題の量が多く、それを終わらせるために計画的に勉強していましたね。
大学受験時は、数学の個人塾に通いました。私が「理学系の学部に進学したい」と打ち明けると、先生が「いいじゃない!」と背中を押してくださいました。自分のやりたいことを否定される環境ではなかったのは有り難かったです。高校3年生のときはゴルフをお休みし、受験に向けて計画を立て、自分を律して勉強に励みました。そうやって過ごした1年間は良い経験になりました。
工学や情報科学にも興味があり、自分が数学を専攻するか決めかねていたので、「学門制【※】」がある慶應義塾大学の理工学部への進学を決めました。数理科学といっても幅広く、代数、幾何、解析などの純粋数学のほかにも、最適化、離散数学などの応用寄りの数学、統計、最近では機械学習といった、自分が興味ある研究がさまざまに用意されていたので、選択の幅が広がると思いました。親族にも慶應義塾大学の卒業生がいて、学生のレベルが高く、多様性のある良い大学だと勧められたのも大きな要因です。
【※】学門制…入試の時点で5つの「学門」のいずれかを選択し、入学後に自分の興味や関心に応じて徐々に学びたい分野を絞っていき、2年進級時に所属する学科を決定する慶應義塾大学理工学部独自の制度のこと。
理工学部はまじめで優秀な生徒がたくさんいますね。高校とは違って出身もバラバラなので、みんな個性的です。大学って、同じ専門分野の気の合う人たちと一緒にいられる環境ですし、ひとりでいたいときも全然浮くことはないので、いい場所だなと思います。
授業では、学部1年生のときの「微分積分」が好きでした。大教室の一番前に座って先生に直接質問をしたりして。履修者が100人くらいの授業なのに、私の質問に先生も真剣に答えてくださって、このときの経験は数理科学科への進学を決めたきっかけにもなっています。
また、グループで課題に取り組む「数理科学基礎第1」という授業は新鮮でした。数学というと自分ひとりで考えるイメージが強かったのですが、ひとつの課題をグループで考えるというのは初めての経験でした。自分たちの理解が浅い部分があると発表時に先生たちから突っ込まれて点数が下がってしまうので、恥ずかしがらずに「わからない」と伝え、周りに助けてもらっていました。
数理科学科の研究は、場所や時間に縛られないのがいいですね。学科によっては、設備がないと研究できないもの、つくれないものが結構あるのですが、数理科学科の研究は、本を持ち帰って家で勉強することもできますし、課外活動もしやすいです。私も時間が許す限りゴルフの競技大会などに出場していました。修士課程の今は、平日のほとんどは大学に来て研究をしています。家にいるとゴルフがしたくなってしまうので(笑)。学部生時代より大学にいる時間が長くなっていますね。あと、数理科学科の研究室は6階にあって、壁一面が窓ガラスになっているので景色が良いです。横浜ランドマークタワーや近くの花火大会も見えるので、いい場所だなあって思います。
「確率論」を勉強しています。これまでの経験や感覚から、私は“実生活に近い数学”が好きなんです。学部3年生の「確率概論」の講義で学んだ「クーポンコレクター問題」は、「n種類の異なるクーポンを1回以上引くには何度クーポンを引けばいいか?」という問題を数学で証明する内容で、実生活に関わりが深い内容でとてもおもしろかったですね。自分の専門を確率論にしようと思ったのはこの授業の影響が大きいです。今はランダムウォークの挙動や、広く知られている定理などを学び、基礎を身につけているところです。例えば、一次元の整数数直線上で、原点からスタートしコインを投げたとき表が出たら右へ1つ進む、裏が出たら左へ1つ進むとした場合、無限回コインを投げると原点に戻ってくる確率が100%であることが数学的に証明できます。再帰性という概念で、二次元でも同じことが言えるのですが、これが三次元以上になると成り立ちません。無限回の試行を行ったあとに原点へ戻る確率が1より真に小さくなってしまうことが示せます。「迷子の人間は家に帰れるけれど、迷子の鳥は巣へ帰れない」というジョークがあるらしいですが、そのような理論を数式を使って証明しています。とは言うものの、専攻を決める時には、実のところ数理科学科の授業はどれも魅力的だったので、最終的には“勘”で確率論に決めました(笑)。
数理科学科には個性的な人が多いです。フランスの大学院から戻ってきた友人や、「もっと研究がしたい」と就職の内定を辞退してドイツの大学院の博士課程に行った友人もいます。自分の知らない世界に触れさせてくれる友だちは、可能性はいくらでもあることを気づかせてくれ、また「自分も頑張らなきゃ!」と思わせてくれます。研究以外では、博士課程や研究職の雇用形態改善の問題に取り組んでいます。すごく優秀な人が博士課程に進んでもあくまでも学生という身分のままであるという現実や、少ない奨学金で生活していかなくてはならないという問題で博士課程への進学や研究職をあきらめる人が多いのは、国や社会としてももったいないことだと思うんです。そこで、まさにこの問題に直面している研究職の方と話したり、国会議員候補者に陳情に行ったりしています。こんな活動をするとは思ってもみませんでしたが、気づいてしまうと目を背けられなくなってしまいました。
今は就職活動を少しずつ始めています。大学に入ってから、ひとりで没頭することよりも、人とコミュニケーションをとることにおもしろさを感じるようになりました。大学生活の中で、志を同じにする仲間と過ごしたり、グループで考える授業などを通して、考え方が変わってきたんだと思います。
具体的な希望職種としては、アクチュアリー、データサイエンティスト、技術営業、ITコンサルタントなどを視野に入れています。アクチュアリーとは保険のリスク計算などを行う専門家で、数学の知識が活かせる職業です。数理科学科の先輩もアクチュアリーの仕事に就いている方が多いですね。自分の専門分野から離れすぎず、活躍できる職業に就ければと思っています。
「理工学部に女性が増えてほしい!」と切に願っています。理系の女性はまだまだ少ないため、就職活動で注目されたり、企業側も積極的に女性を求めていると聞いていました。実際に就活を始めてみると「理系の女性を採りたい」という企業はかなり多いです。リモートワークが許される仕事もあるでしょうし、いずれ訪れる出産などを考えれば、女性にとって働きやすい分野かも知れません。10月に開催される「
矢上祭
【※】」では、女子中高生向けの相談ブースを企画しているので、数理科学科に興味がある方は足を運んでくださるとうれしいです。また、数学の魅力や、数学で活躍する女性を紹介する「
数理女子
」というウェブサイトもあるので、理系への進学を考えている中高生にはぜひ見ていただきたいですね。
【※】矢上祭…理工学部の3・4年生と理工学研究科の大学院生が通う矢上キャンパスで毎年10月上旬に開催される学園祭。2019年は10月12日(土)と13日(日)の2日間開催されます。
どんな人が数理科学科に向いているかを考えたとき、「どうしてそうなるんだろう?」という疑問を持てる人、探求心が強い人こそ向いていると思います。講義中は、教員も学生もよく間違いを起こします。そんなとき「そこ間違っていないかな?」と言える環境であり、教員も「間違えることがあるから言ってくれ」って仰ってくださいます。教員と学生が“対等”でいられるアットホームさ、安心して学べる環境は、進学してよかったと思える部分ですね。
失敗しても許されるのは若い人の特権だと思います。男女問わず、学びたいことがあれば、たとえ周りから反対されても、その気持ちに蓋をせずチャレンジしてほしいです。理系人材が注目される中で数学を学ぶことは、今後の大きなアドバンテージになると思います。