フランスとアメリカで13年間の海外生活を経験して日本に帰国。昔から生命に興味を抱き、大学入学前から慶應義塾大学理工学部の生命情報学科に進みたいという明確な目標を掲げて、勉学に励んできました。大学生活では幅広い知識を培う一方で、サークル活動やアルバイトにも力を入れ、多種多様な環境に触れながら視野も広げてきました。生命とは何かという根源的な問いを解明するべく、研究に邁進しています。
【※】インタビュー時点(2020年11月)の在籍学年です。
生まれてから中学2年生の夏まで、フランスとアメリカで海外生活を送っていました。日本には夏休みに祖父母の家に遊びに行く程度だったので、帰国後は日本語の方がつたないという状況で……。漢字や敬語を必死に勉強しました。帰国生入試で入学した高校では、硬式男子テニス部に所属して、毎日朝練や筋トレ、練習試合に明け暮れていました。高校2年生までは部活中心の生活でしたが、3年生からは理系を選択して、希望学部を見据えて勉強にも励みました。
高校入学時は大学進学のことまでは考えていなかったのですが、高校の校風も気に入り、仲の良い友達もできたため、このまま慶應義塾大学に進学するのが良さそうだと思うようになりました。大学生活は日本で送り、海外にまた出るのはその先の大学院に入るときでもいい、という考えもありました。高校3年生の大学見学のときに慶應義塾大学理工学部・生命情報学科の研究室を見学したのですが、実験が面白くて印象的だったことと先輩も優しかったので、そこで生命情報学科に入りたいという目標ができました。入学の際は化学分野の知識をつけてから生命情報学科に進もうと考え、学門3【※】を選択しました。
【※】学門3…2014年度入学当時に、応用化学科・物理情報工学科・化学科・生命情報学科の4つの学科に進学可能であった「学門」。2020年度入学者からは、各学門の名称と構成が変更されています。
動物も好きですが、それよりもDNAや有機化合物が昔から好きでした。ブドウ糖という化合物がありますが、分子式だと「C6H12O6」と炭素と水素と酸素から成り立っていて、単体だと炭や空気です。それらがうまく組み合わさると、生命を作り出すエネルギーになるなんて面白いと感動して、有機化学や生物に興味を持ちました。それと高校で哲学の授業を受けたときに、「人とは何か」という壮大なテーマでディスカッションする機会があり、生命って何だろうと自分の中で引っかかって……。その疑問を解明したいと思い、生命情報学科に進むことにしました。
生命情報学科は1学年43名と規模は小さめの学科です。必修の授業が多く、43名がひとつの教室で学んでいくので基本的にはずっと一緒です。学部2、3年生のときは覚えなければいけない内容も多く、その点は高校の授業の延長のような感じでした。また、学科全体で懇親会があったため多くの人と仲良くなれますし、研究室へも訪問しやすく、教員との距離感も近いです。他学科よりも研究室が少ない一方で、研究分野は広範囲に渡りさまざまな科学技術を活用できます。最近は生物×物理、生物×数学など、幅広い分野をかけ合わせることで生物の学問を活発化させる動きがありますし、所属研究室でも数学、コンピューター、生物などいろいろな知識を混ぜ合わせた研究が行われています。
生命情報学科は生物に興味があればもちろん、ない人にもぜひ検討して欲しいです。高校で生物を勉強していなくても、生物の知識は大学で学べますし、それ以外の物理、数学、化学などの知識を活用できる人こそ力を発揮できる学科です。幅広い研究分野と融合して、生命そのものの理解だけでなく、命の手助けになる技術の開発にも繋がります。生命を研究するということは、人とは何か、生きるとは何かという理解につながり、結果的に自分自身への理解が深まる研究分野なのではないでしょうか。
最も印象に残っているのが、学部3年生の必修授業でのミミズの軸索の電位を測る実験です。ミミズを解剖して神経細胞を取り、神経活動を測定するのですが、生きたミミズを使うので解剖は苦労しましたし、実験装置を作るにも失敗ばかりでした。とても難しかったのですが、生物に触れながら生物の機構を機械的に判断する実験は初めてだったので新鮮でした。生物への理解も深まり、現在の自分の研究につながっています。
軽音楽サークルに所属して、4年間ドラムを叩いていました。理系の授業が終わるとサークルの部室で他学部の友達とお昼ごはんを食べて、授業に戻ってまた理系の友達と過ごす、そんな風にさまざまな人と過ごす時間が刺激になりました。ひとつの場所だけにいると世界が狭くなってしまうと考えていたため、理系だけの環境には身を置きたくないと思っていました。もちろん勉強もしますが、勉強以外のこともしっかりやりたいと思っていたので多種多様な環境で過ごせたことは楽しかったです。サークルでは真面目な人の多い生命情報学科とは相反するような雰囲気であったのも良かったです(笑)。切り替えができて、勉強のストレスも吹き飛ばせたかなと。2年生からは幹部として、楽器の管理、ライブの企画運営、ライブ当日は音響をするなど裏方の仕事にも打ち込みました。それと海外生活で備わっていた英語力を活かしたいと英語塾講師のアルバイトも始め、現在でも続けています。生命情報学科は覚える勉強が多いので、テスト期間前はサークルやアルバイトは休んで自習室にこもるなど、うまくバランスを取っていました。
最も基本的な生命である大腸菌の個性について研究しています。いずれの大腸菌もDNAの情報は同じなのですが、人間の双子が成長するといろんな要因によって性格や運動能力に違いが出てくるのと同じように、大腸菌も育っていくと少しずつ個体差が出てきます。その要因のひとつが栄養であると仮定し、栄養量の差をつけた2つの環境で育つ大腸菌の様子を顕微鏡で長時間観察して、コンピューターでデータを解析しています。大腸菌の個性が生まれる要因を探ることで、人間の個性がなぜ生まれるのかがわかるでしょうし、病気の原因の解明にもつながります。例えばガンの場合、遺伝子に異常があるとガン細胞になることはわかっていますが、それ以外の理由でガンになる可能性もあると思います。そういった世の中にたくさんある、原因不明の病気の解明につながると考えています。
この大腸菌の観察は1回あたり約40時間、顕微鏡に張り付いて見ないといけません。コロナ禍では実験室に入れない期間もあったので、顕微鏡をリモート制御できないかと指導教員に相談し、家から顕微鏡にアクセスして操作できるように改良しました。実験装置の設置はキャンパスで行い、経過観察はリモートでできるようにしています。コロナ禍のため仕方なくやったリモート実験でしたが、家のベッドからでも24時間アクセスでき、今までは徹夜することもあったので、体力的な負荷が軽減したのは良かったです。
私の所属するシステム生物学研究室は生物を機械と考え、生命を動かす機構を明らかにしていこうという学問です。生物を数式で表し、数値化することで、より詳細に生命を理解できるのではと考え選びました。当初は人工細胞を扱う研究室と迷ったのですが、まだ解明されていない細胞や生物のメカニズムを特定していく方が自分に合っていると思いシステム生物学に方向転換しました。研究室の特徴のひとつとしては、研究発表の際のプレゼンテーションに力を入れている点です。いろんな分野をかけあわせた研究をしているので、異なる分野の研究者が集まる学会に行くこともあります。どんな人にでもわかるように伝えることを大切にしていて、これは実社会に出たときにも役立つ力だと思っています。また、研究だけでなく遊びにも全力で取り組む方針があり、昨年は研究室対抗のソフトボール大会で優勝を目指し、研究室の学生みんな全力でからだを動かしていましたね(笑)。そういったオン/オフの切り替えも魅力です。
入学当初は海外の大学院への進学も視野に入れていましたが、学部生から始めた研究を最後までやり遂げたかったため理工学研究科に残りました。今は研究結果を修士論文にまとめている最中です。そして卒業後は、研究開発職として一般企業に勤める予定です。就職活動では分野にこだわらずにいろいろと応募した結果、システム機器の企業に内定をいただきました。今の生物という研究分野とは大きく異なりますが、システム生物学はもともとシステム制御という機械に使われている考え方がベースになっています。生物が機械に置き換わったといえるので、研究の考え方や大学での学びを活かせると思っています。