中高一貫だった母校は、県内有数の進学校でした。学園祭では自分から企画を提案し、クラスメートを引っ張っていったりと、自発的に行動する高校生でした。大学入学後は、卒業論文・卒業研究発表会で最優秀賞をとったり、応用物理学会でポスター賞を受賞したりと、研究面でも積極的に活動しました。その傍ら、学園祭の声優トークショーで企画や司会をしたり、ゲームサークルを自ら立ち上げたりと学生生活も満喫しています。今年は、講義を通して出会った仲間と在学中の起業に挑戦しています。研究とビジネスの二足のわらじを履いて、忙しい日々を送る彼を突き動かす動機とは、どのようなものでしょうか?
【※】インタビュー時点(2019年7月)の在籍学年です。
高校生にとって「その時」にしかできないことをしたい。そう思って過ごしていました。一番思い出に残っているのは、学園祭に向けてクラスで挑戦した映画制作です。僕が企画・提案して、脚本や出演、動画編集などみんなで試行錯誤しながら完成させました。映画の内容は、高校生である僕らの等身大を描いた物語で、「俺たちは何のために勉強するんだろう!?」という葛藤を描いた青春ムービーでした。男子校だったので登場人物は男ばかりでしたが(笑)、学園祭で人気の催しになりました。そのほかには「国際理解英語弁論大会」という英語のスピーチの大会に参加し、県内で優勝を飾りました。あとは、大好きなゲームに熱中したり、やりたいことはいろいろ経験しましたね。勉強のスタイルは「勉強は学校でして、家では自由に過ごす」と決めていました。学校の授業でうとうと眠くなることが一番効率悪いことだと思っていたので、授業中はひたすら集中して、足りない部分は放課後に自習室に寄って勉強しました。受験前でも塾には通わず、家で遊ぶ時間も大切にしていました。
子どものころから数学が好きでした。ものごとを論理立てて読み解いていくプロセスがおもしろいと感じたんです。高校生のとき、当時テレビの特集で南部陽一郎先生の「自発的対称性の破れ」という物理学の研究が発表された報道を見て、おもしろいなぁと思ってインターネットで調べていくうちに、教科書に載っていない分野にも興味を持ち始めました。物理や哲学への興味が膨らんだのはそのころで、気になることは何でも検索していましたね。進路を考えた時も、おおまかに物理学に興味があることは自分でも分かっていたのですが、高校生のうちから専門分野を決めるのは難しいと感じていたので、慶應義塾大学理工学部の「学門制【※】」に魅力を感じました。
【※】学門制…入試の時点で5つの「学門」のいずれかを選択し、入学後に自分の興味や関心に応じて徐々に学びたい分野を絞っていき、2年進級時に所属する学科を決定する慶應義塾大学理工学部独自の制度のこと。
塾内高校からの内部進学者も多いと聞いていたので、大学から慶應の輪に入れるか不安でした。でも、入学してから、実は理工学部は内部進学者が約15%程度だと知りました。自分と同じように心配しながら入学してきた人も多く、また慶應義塾大学と並行して国立大学向けの受験勉強もしていたなど自分と似た境遇の人がたくさんいたので、打ち解けるまでに時間はかかりませんでした。実際に学生生活を送っていると、地頭がいい学生が多いと思います。「こういう分野の知識を取り入れたいけど、詳しい人いないかな?」と思ったときに、慶應義塾大学には必ずそういう人がいて助けてくれるので、常に学び合えますね。僕には居心地のいい環境です。
高校生のころから、物理のなかでも特に量子力学に興味がありました。普段の生活のなかで量子力学を感じることってなかなかないですよね。でも、肉眼では見えなくても、分子や原子などの量子レベルの小さな世界では、日常生活では感じられないようなことが起こっているんです。たとえば、物が壁を通り抜けたり、同時に2つの場所に存在したり…。量子力学における有名な思考実験で「シュレーディンガーの猫」という話があります。箱の中に猫が閉じ込められているとき、箱の中の猫は生きているか死んでいるかの二択と考えるのが一般的ですよね?しかし、量子力学の世界では「猫は生きてもいるし、死んでもいる」と考えます。確率的にどちらの状態も混在しているという考え方なのですが、そういう思考が哲学的でおもしろいと思いました。
幅広い分野にまたがって勉強ができるところに惹かれました。物理現象を理解する上で基盤となる「力学」「電磁気学」「量子力学」「熱統計力学」の分野に加え、工学的に実現させるための手段として「計算機工学」「回路工学」「制御工学」などの基礎知識を習得できます。僕は、計算したり頭のなかで理論を考えたりする手法より、実際に手を動かしてものづくりをすることに興味があったのもこの学科を選んだ理由の一つです。物理学だけではなく、プログラミングや実験結果の解析など情報に関わることを勉強できる点も、自分に向いていると思いました。この学科であらゆる分野が学べるので、物理全般が好きな人にはとても充実した日々を過ごせる学科だと思います。
ネット上で授業の動画を公開しているのは、物理情報工学科の特徴と言えると思います。前理工学部長の伊藤公平教授が「どんどん講義の動画を撮って、みんながいつでも見て勉強できるようにしよう」とおっしゃったことがきっかけで始まりました。物理情報工学科の講義はYouTubeにたくさんアップロードされていて、そのうち半数以上は誰でもアクセスできるようになっています。授業を履修していない学生や、受験前の高校生など誰でもこれを見て勉強できるのは良いことですよね。僕もすでに単位をとって履修し終えた授業でも、「これ、どういうことだったっけ?」と確認したくなったときは動画を見返して、知識を深めています。
カーボンナノチューブを用いた、発光素子の開発研究を行っています。カーボンナノチューブとは、人間の髪の毛の太さのおよそ5万分の1の、非常に細い筒状の炭素材料です。優れた機械的強度や高い電気・熱伝導性などをもつ革新的素材として、さまざまな分野での応用が期待されています。僕は、この非常に小さいカーボンナノチューブを光らせることにより、ナノスケールの特殊なライトを作っています。このライトは、通常のサイズのライトとは全く異なる特殊な光を発します。この光の性質を調べることで、未だ解明されていないカーボンナノチューブの物性を発見することや、このライトを応用することで画期的な装置を開発しようと考えています。次世代の科学技術や健康・医療技術の発展に貢献できたら良いですね。
自分でカーボンナノチューブを加工したり組み立てたりして、実際に発光素子(ライト)をつくったことです。理論上では光るということがわかっていても、「自分の作ったものが本当に光るのかな?」と疑問もありました。実際に作ったデバイスは髪の毛の太さの10分の1から50分の1程度の極めて小さなものなのですが、実際に電圧印加で光らせてみると、肉眼でも確認できるほどに光る眩い光を目の当たりにして感動しました。この研究発表が国内で最も規模の大きな応用物理学会でポスター賞を受賞したり、物理情報工学科のホームページで取り上げてもらったりしたことは自分にとって励みになりました。まだ先の話ですが、将来的にはこのライトを使って、研究室発のベンチャー起業を立ち上げてみたいと考えています。
大学院に「アントナプレナー育成(慶應イノベーション・イニシアチブ)寄附講座」という講義があるのですが、この講義に集まった学生たちと「何か事業化を目指してみよう」ということになり、今年大学発のベンチャー企業を立ち上げます。もともと、昨年から仲の良い友人と起業したいと話していたこともあり、この講義を通して知り合った友人数名と共に事業化することにしました。事業内容は自分の研究テーマとは異なるのですが、IT系のビジネスを考えています。うまくいくかどうかは難しい面もあるかと思いますが、入学当時から「自由な時間が多い学生時代に、いろいろなことに挑戦したい」と考えていたので、これはその挑戦の一つです。
研究が楽しいので修士課程修了後は、後期博士課程への進学を考えています。そうなると大学にはあと5年ぐらい在籍することになりますね。自分のビジョンとしては、将来的に企業に就職して、給与収入に頼った生活を送ることを考えていません。就職してから何かを始めるとなると、時間的な拘束に縛られるだろうとも思います。だからこそ、学生のうちにベンチャー企業を立ち上げたいと思いました。自分でビジネスをしながら、研究もできる環境をつくっていきたいです。