はじめに

私は現在、科学捜査研究所に勤務しております。耳慣れない職場かもしれませんが、「科捜研の女」と聞くとご存知でしょうか。都道府県警察の組織の一つであり、全国ニュースに取り上げられるような凶悪事件から新聞にも掲載されないような軽微な刑事事件まであらゆる犯罪の真相解明に向けて、科学捜査という立場から日々奮闘しています。様々な経験や覚悟が必要とされますが、慶應義塾での経験がなければ今の自分はなかったと思います。卒業してまだ1年の私が、このような場所に原稿を書くのは僭越ですが、学生生活の新鮮な記憶と、職場で感じていることについてご報告させていただきたいと思います。

応用化学科へ

将来の自分が明確に見えておらず、漠然と生物や化学に興味があった私にとって、理工学部の「学門制」はとても有用でした。自分とは異なる分野に関心を持つ先生や学生の話を聞き、刺激を受ける度に知らない世界を覗いてみたりと、色々と寄り道をしたものです。ですが、そのおかげで自分の進みたい道はやはり生物・化学系にあることを再認識して応用化学科を志望することができました。応用化学科に進んでからもエキサイティングな授業があり、中でも私が好きだったのが、様々な分野で活躍されている先生をお呼びするオムニバス形式の授業。例えば、医学部在籍の岡野栄之教授の講義では、不可能とされてきた中枢神経系の再生がiPS細胞を利用すれば可能になるというまさに最先端の研究成果に毎週ドキドキしていましたし、茂木健一郎教授には自分の創造力の乏しさを痛感させられました。また、週6コマある学生実験では、様々な分野の実験テーマに取り組み、実験の基礎をみっちりと学ぶことができる他、応用化学科の先生方と身近にお話することができる貴重な機会でもあり、スムーズに研究室を選択することができました。研究をしていく上で、従来とは異なった観点、発想などが新たな成果を生み出す例は少なくないと聞きますが、慶應義塾の環境はまさにその点に配慮が行き届いていると感じました。

鍛えられた体育会

キャンパス内を歩いていると時々学ラン姿の学生を見かけると思います。私も体育会弓術部に所属していました。練習は週6回あり、上下関係も厳しく、先輩方には激しくしごかれたものです。そのおかげで体力が付いたことは言うまでもありませんが、辛い時や勝負所で気合を入れたり、時には体を張って場を盛り上げるといった体育会系のノリはメリハリをつける上でも大事なことだと思います。また、体育会ではOB・OGとのつながりも大切にしており、学生時代に社会の多方面で活躍されている幅広い世代の方々とコミュニケーションをとる機会があったことは、現在仕事をする上でも役に立っています。体育会では、「勝つ」という目標を全員が共有しており、皆で困難を乗り越え、闘い、勝ち得た喜びは格別のものでした。

試合の様子

祝・打倒早稲田!! 上段左から4番目

研究室生活で学んだこと

応用化学科を志望した時点で、応化唯一の生物学系研究室である梅澤・清水研究室(生物化学研究室)を希望していました。癌細胞を扱うクリーンルームを見学して、面白そう!と思ったのがきっかけです。微生物二次代謝産物や植物などから、新しい作用を有する天然化合物を探し、それら化合物の医薬への応用を目的とした研究室で、私は「免疫抑制物質の標的分子の探索」というテーマを選択しました。これが成功すれば、新たな創薬に繋がる可能性があります。小さな結果でも一つ一つが世界で初めての発見であり、結果が気になって朝まで研究室にこもったこともありました。試行錯誤の末、いよいよ期待した結果が出た時には、清水先生が冷蔵庫に隠していたシャンパンをあけて一緒に喜んでくれたのを今でも鮮明に覚えています。

また、研究室では、普段から論文を読み、どこがキーであるかまとめて皆の前でプレゼンせよ、あるいはプレゼン者に対し質問せよ、という課題がありました。他人の発表を批判的に聞くということも案外大切で、わからなければ質問し、疑問が残ればまた勉強する。そうした積み重ねのおかげで、自分の学会発表においても研究段階から理論武装して臨む姿勢が身に付きましたし、プレゼンテーション力も備わったように思います。研究する心構えと面白さを教えていただきました。

研究室合宿(梅澤先生も清水先生もイベント事に全力投球でした)前列右から3番目

科捜研の仕事

科捜研には「法医」「化学」「物理」「文書」「心理」の5つのチームがあります。私が所属している法医係では、犯罪現場に遺留された血液や体液等の「血液型鑑定」、「DNA型鑑定」、防犯カメラに映った被疑者の「顔画像鑑定」、「白骨死体の鑑定」等を行い、科学的な見地から犯罪捜査に携わっています。大学の時は何事もミスを恐れずに挑戦していましたが、現在は絶対に誤鑑定が無いよう慎重な判断が求められており、責任の重さが桁違いであることに気付かされる毎日です。その反面、私たちの鑑定書は、事件の真相解明のための客観的証拠として公判維持において重要な価値を持っており、県民の安全を守っているという実感が持てる大変やりがいのある仕事です。また、鑑定業務の他にも、研究成果を学会で発表したり、博士号を取得する機会があり、研究を深め、技術・知識を向上させていく努力は欠かせません。何かと試験があるのも警察組織の特徴で、全国科捜研の新人が集う研修では成績優秀賞を取ることができました。まだまだ自分の可能性を広げて行きたいと思っています。

フットサル交流戦(科学警察研究所 vs 科学捜査研究所 全国の同期と共に)2列目中央

最後に

慶應義塾で過ごした6年間で、多くの尊敬できる人に出会い、学び、刺激を受けたことは、私にとってかけがえのない時間であり、大きな財産です。専門分野に没頭することも大切ですが、アンテナを張って興味の幅を広げてみてください。慶應義塾には皆さんの旺盛な知的好奇心を満たしてくれる環境と人脈が揃っています。

プロフィール

村橋 将崇(むらはし まさたか)
(福井県立藤島高等学校 出身)

2010年3月
慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業

2012年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了

2012年4月
福井県警察本部刑事部科学捜査研究所(法医) 入所

現在に至る

ナビゲーションの始まり