新板 窮理図解

ごく自然に生物の研究者になる道を選んだのでしょうか?
 実は、そうではありません。昆虫の研究者がいる一方で、昆虫採集を趣味にしている人がいるように、両者の間には何か敷居があると思っていました。佐藤教授のもとにいた大学院時代、なかなか研究者として生きていくことに自信が持てませんでした。同期生が5人いたのですが、1人は京都大学出身の四天王などと呼ばれていた秀才で、早くから自力で論文を書いていました。東京大学から来た同期はフロンティア精神にあふれていて、手つかずのまま残されていた「オタマボヤ」の研究をしたいと、飼育システムづくりをしていました。それに対して、佐藤研究室に入ったばかりの頃の私は、「生き物って面白いな」くらいにしか思っていなかったのです。最初は、同期との温度差に戸惑いましたが、私もいつしか研究に没頭するようになっていきました。
 きっかけは、学会発表を経験したり、論文を出したりして、達成感と世の中に認められた喜びを経験したことでした。私は、研究は社会に還元されなければならないと思っていたので、これで、研究を続けていく自信がついたのです。
 この自信は、佐藤研究室が育んでくれたものだと思っています。佐藤研究室は小さな発見でも大切にするところで、成果をできる限り論文として世の中に出していました。学生が大変な労力を割いて出した結果に対して、それに見合った何かを用意してくれたのです。
 今、学生を指導する立場になって、このことを心がけています。もちろん頑張ったからといって、いい結果がでるとは限らないのが研究です。それでも、学生たちには発見を経験して欲しいので、筋のいい研究方針を立てられるように助言しようと思っています。そして、得られた結果はなるべく論文などの形にして欲しいと考えています。

photo堀田さんの指導を受ける学生さんたちは幸せですね。
 それはわかりません(笑)。これをやってみたらと提案すると、「むちゃぶり」だと言われることもあります。また、「ホッタマジック」というのがあるようです。自分ではよくわからないのですが、どうも学生たちの間では、研究発表会の前日などに準備してきたものがゼロベースで直しが入る(つまり消えるマジックですね)ことがある、と恐れられているようなんです。私としてはロジックがおかしい研究発表はあってはならないと思っていて、問題に気がついた時に指摘しているだけなのですが。
 学生には外に出て多くの経験を積んで欲しいと思っていて、成果が出れば学会などに積極的に連れて行きます。一方で、実験は何度も何度もチャレンジしなければうまくいくものではないという、生物研究の難しさ厳しさも伝えています。