新板 窮理図解
幾何学的着想から整数論の予想問題に取り組む坂内さんは、
高校2年までアメリカで過ごした帰国生だ。
その高校時代に数学に魅せられ、今では数学的思索が趣味になってしまったという。
数学の中に社会や人との関わりを良い方向に向かわせる力を見いだしてきた坂内さんは、
開かれた数学を目指している。

子ども時代をアメリカで過ごされたとのことですが、いつ頃からですか?
 2歳からです。私の両親はともに数学者で、父がアメリカのオハイオ州立大学から呼ばれたことをきっかけに、家族全員で渡米しました。1970年代前半のことです。以後、幼稚園の2年間を除いてアメリカにいて、高校2年の2学期の初めに日本に戻ってきました。

photo高校2年までアメリカにいて、そのままアメリカで進学という選択肢はなかったのですか?
 実は日本に戻ることが決まったとき、すでに飛び級でアメリカの複数の大学から入学許可をもらっていました。1980年代後半、世界が日本の急速な発展に脅威を感じていた時期です。当時、アメリカ人の多くは日本を、年中無休で機械のように働く人々の国と考えていました。私自身、テレビで繰り返し放映された社員全員がそろってラジオ体操をする日本人の姿を見て、全体主義的な国に行くのか、と悲壮感を覚えたものです。
 そんなとき、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』に出会いました。人間世界とは異なる生態系が映像として見事に描写されていて、このような世界観を生み出す創造力に圧倒されました。これをきっかけに日本に対する興味が深まり、一度日本に戻ってみようという気持ちになりました。