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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第138回] 中村 真 中央大学理工学部

塾員来往

[第138回] 中村 真 中央大学理工学部

 私は現在、中央大学理工学部物理学科の教授として、理論物理学の研究をしています。ここまでの道のりは単純なものではありませんでしたが、一見無駄に思える経験が、その後思いがけずに役に立つことを実感しています。私のこれまでの道のりを簡単にご紹介したく思います。

物好きで個性的だった少年時代

 少年時代の私はかなり個性的でした。近所の畑で縄文式土器を採集し、近くの断層で貝の化石を採集して勝手に自由研究を行うのが私の日課でした。また、薄着で通すと心に決め、小学生時代は真冬でもランニングシャツと半ズボンで過ごすという徹底ぶりでした。小学校高学年からはラジオ製作などの電子工作にのめりこみ、この頃から将来は物理学者になりたいと思うようになりました。中学2年の時に不得意克服のため始めた野球は高校進学後も続けましたが、私の高校は4年前に甲子園出場を果たしたばかり。真夏の炎天下での練習、冬の18キロマラソンと、とにかく根性だけはつきました。高校3年間で培った体育会的な精神と根性は、その後の人生に大きく役立っていると思います。

大学時代

 慶応義塾大学理工学部では理工学部体育会の硬式野球部と山岳部の両方に在籍しました。不得意だった野球も、なんとか試合に出場できるまでになりました。また山岳部では岩登りや冬山もこなし、北アルプスを中心に、冬の蔵王や北海道知床半島など、日本の秘境に出かけて行きました。学科は物理学科に進み、卒業研究では理論研究室の齋藤幸夫先生の指導のもと、合金の成長に関するモンテカルロシミュレーションを行いました。

大学院その1

 大学院では京都大学に進学し、原子核物理学の実験系の研究室に進みました。CERN(ジュネーブ近郊にある加速器施設)での実験をはじめ、大学時代とは異なる研究に従事しました。登山は卒業後も続け、修士1年の6月にアラスカのマッキンリー山(6194m)に登頂する機会を得ます。これはマッキンリーで遭難した植村直己らの遭難原因を究明するために気象観測機器を設置するというプロジェクトであり、観測システムの製作も手掛けました。深夜まで中目黒の町工場を借りて、アルミ板を削っていたのを思い出します。博士1年の6月にも再びマッキンリー行きのチャンスが来ます。しかも、今度は登山隊長。悪天候に悩まされましたが全員登頂することができ、この時の成功体験はその後の人生の大きな原動力となっています。この一連の活動では、理工学部同窓会より矢上賞を頂きました。その後もグランドジョラス北壁挑戦やモンブラン単独登頂、国内でも冬期の黒部峡谷や剱岳周辺の岩壁登攀を行うなど、さらに登山活動がエスカレートしていきます。それを見かねてか、私は博士2年の冬に、研究室の指導教官から事実上のクビを言い渡されてしまいました。

 私にはこれが大変良い機会となりました。当時27歳でしたが、本当に自分がやりたい事は何なのか、考え直す機会を頂いたのです。物理学を極めたいのか、登山をやりたいのか。その結果、KEK(高エネルギー加速器研究機構)理論部で素粒子理論を始める希望を抱き始めます。しかし同時に迷いもあり、京都大学学士山岳会の梅里雪山(6740m、中国・雲南省の最高峰、未踏峰)遠征隊に参加してしまいます。


マッキンリー山頂に慶應の旗を掲げる(左が筆者)

マッキンリー4900m付近で登山隊員らと(中央の白い軍手の人物が筆者)

氷河上でマッキンリー峰を背にして(右が筆者)

大学院その2

 遠征から帰国後、私はKEK理論部(総合研究大学院大学)の面接試験を受けました。このような状態で合格するはずもないという予想に反し、入学させて頂くことができました。当時すでに28歳。心機一転、博士課程1年に入りなおして理論物理学の勉強をスタートすることになります。事実上、修士課程初年度レベルの、ゼロからのスタートでした。

 理論物理学では、その分野の第一人者である川合光先生のもとで超弦理論を専攻しました。その後、川合先生が京大教授に着任され、私も京都大学の素粒子論研究室に身を移ことになります。このようにして理論への転向後4年で博士号を取得しました。博士取得後は基礎物理学研究所、KEK、理化学研究所、京都大学での研究員や、デンマークのニールスボーア研究所、韓国の研究機関での合計5年にわたる海外研究員生活も経験しました。その後、名古屋大学特任准教授を経て2014年より中央大学理工学部物理学科教授として素粒子理論の研究をしています。

総研大科学者賞の受賞講演
<提供:総合研究大学院大学>

 このように、私は決してストレートに理論物理学者への道を進んだわけではありませんが、自分の中では、その時々で常に熱中できるものがあり、ひたすら何事かに熱中しながら生きてきたように思います。現在の私の「熱中」は研究ですが、研究室を運営し人をまとめていくという仕事において、今までの一見無関係な経験全てが糧になっていると実感しています。この記事を読まれている皆さん、特に大学生の皆さんは、今しかできない体験に熱中し、貴重な経験を蓄積して欲しいと思います。

プロフィール

中村 真(なかむら しん)(東京都立国立高等学校 出身)

<経歴>

1992年

慶應義塾大学 理工学部 物理学科 卒業

1994年

京都大学大学院 理学研究科 修士課程修了

1994年

日本学術振興会 特別研究員(DC1)

1997年

京都大学大学院 理学研究科 博士課程単位取得認定退学

2001年

総合研究大学院大学大学院 数物科学研究科 博士課程修了

2001年

京都大学基礎物理学研究所 研究員(非常勤講師)

2001年

高エネルギー加速器研究機構 研究員

2002年

理化学研究所理論物理学研究室 協力研究員

2003年

ニールスボーア研究所 ポスドク研究員

2005年

Center for Quantum Spacetime (韓国) ポスドク研究員

2008年

Asia Pacific Center for Theoretical Physics (韓国) ポスドク研究員

2009年

京都大学大学院理学研究科 特定研究員

2013年

名古屋大学大学院理学研究科 特任准教授

2014年

中央大学理工学部 教授(現職)

<受賞歴>

2000年

総合研究大学院大学 長倉研究奨励賞

2009年

矢上賞

2010年

素粒子奨学会 第4回中村誠太郎賞

2015年

総合研究大学院大学 科学者賞

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