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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第106回] 利光 剛 松田綜合法律事務所弁護士

塾員来往

[第106回] 利光 剛 松田綜合法律事務所弁護士

はじめに

 私は、1995年3月に理工学部数理科学科を卒業した後、修士、博士と進学し、2000年3月に後期博士課程を修了しました。つまり、延べ9年間、慶應の理工学部で学ばせてもらったわけですが、なぜか現在は弁護士をしております。今回は、昔よく遊んだ数理の先輩や同期からのご推挙により、塾員来往の執筆という光栄な機会を頂戴したので、前世紀のキャンパスライフを振り返ってみたいと思います。

利光 剛氏

日吉時代

 高校時代、数学は得意でしたが英語が大の苦手でした。しかし、なんとか指定校推薦というラッキーな機会に恵まれ、慶應義塾大学理工学部への進学内定を頂きました。確か、私の頃は「学門」ではなく「系」という種別だったと思うのですが、数学しかできない私は、迷わず数理科学科の属する2系を選択しました。
 入学直後、私は、数学の某先生の「テキストの内容が理解できれば授業には出席する必要はない。」という衝撃的な激励を真に受けてすっかり不良学生に転じ、「出席の必要のある」語学や実験までおろそかにして、それはそれはキャンパスライフをエンジョイしておりました。
 しかし、忘れもしない2年の後期、遂に貯金が尽きたのか、数学解析(だったかな?)の期末試験の勉強のため友人のノートをもらってみると、内容が半分も理解できないという事態が訪れました。仕方がないので必死に勉強した記憶があります。

矢上時代(前半)

 理工学部では、3年次から、日吉のさらに奥にある矢上キャンパスで学ぶことになります。
 前述のとおり貯金が尽きた(まあ、本来の意味でも)私は、3年次以降は比較的勉強に時間を費やすことが多くなりました。その中で私は、代数、特に解析的整数論の中の超越数論という分野に興味を持ちました。なぜかというと難しいのですが、一言でいうと、「集合論的にはいっぱいある(=非可算集合)はずの超越数なのに、それを証明することは困難。」という点に惹かれたのだと思います。そして、4年次の研究室選択では、大恩師となる塩川先生の研究室を希望し、無事に受け入れて頂くことができました。
 4年次になると、各々卒業研究をスタートさせるのですが、当時の塩川研究室では、4年次前半は無理数論の初歩的な本(和書)、後半は代数的整数論・代数曲線論の基礎的な本(但し洋書)を読んでゼミを行いました。いずれもその道では基本的なレベルの本ですが、当時は先生や先輩方に鋭い突っ込みを受けてかなり悪戦苦闘し、鍛えられました。今となっては楽しい思い出です。

矢上時代(後半)

 後半とは大学院時代を意味しますが、何せ修士・博士と5年も大学院に通ったので、圧倒的に後半の方が長いことになります。
 修士課程1年次は、学部の延長という感じで、割と講義が多かった印象です。そして、確か1年次の終わりから2年次にかけてだったと思いますが、初めて論文を書く機会を得ました(注:当時の数理では卒論を書く研究室は少なかった。)。これがまた大変で、参考文献を検討することから始まり、結果を如何に導くか、またそれをどうコンパクトにまとめるか、インプットの勉強とアウトプットの創造の両面でとても苦労しました。
 しかしこのときに鍛えられた結果、その後何本か論文を書くことができ、修士課程修了後は博士課程に進学しました。博士課程では基本的に研究活動がメインで、いろいろな論文を読み、学会へ出席し、ときには自分の研究成果を学会で発表したりもしました。海外の学会へ行ったこともあり、今振り返るとかなり高尚な生活をしていたように思います。

修了後

 2000年3月、無事に学位を得て大学院を修了しました。この先は大学生活ではないので記述を端折りますが、2000年4月、当時ミニバブルだったネットベンチャーブームに乗るべく、コンピュータソフトの開発会社の設立に参画しました。しかし、バブルは続かず、思惑は達成できませんでした・・・。
 その後、信託銀行系シンクタンクに勤めたり、再び起業したりしましたが、これらの経験を通して、「ビジネスの根幹には会計と法律が必要だ。」と感じ、2007年4月、明治大学の法科大学院に入学しました。法科大学院の苦労話についてはそっちの方で沢山書いているので省略しますが、まあ、30半ばでの文転は大変でした。
 そして、2010年、無事に司法試験に合格し、司法修習を経て、現在弁護士をしております。「一体なんで弁護士に?」とは、既に100回は訊かれたテーマですが、これはまた別の機会に。
 弁護士としてはまだ日が浅いのですが、「数字に強い」をモットーに、論理的思考力や数的検証能力は他の弁護士に負けないよう、日々切磋琢磨しております。また、理工学部出身にもかかわらず、慶應義塾出身の法律家として、「三田法曹会」にも入れて頂けるようで、慶應義塾のネットワークの強さを、ある意味違った側面から感じることが出来ました。こんな卒業生がいるのも数理の多様性の成果ですので、記憶の片隅に残して頂ければ幸いです。

プロフィール

利光 剛(としみつ たけし)(私立成城学園高等学校 出身)

1995年3月

慶應義塾大学理工学部数理科学科卒業

1997年3月

慶應義塾大学大学院理工学研究科 数理科学専攻 修士課程修了

2000年3月

慶應義塾大学大学院理工学研究科 数理科学専攻 後期博士課程修了

2000年4月

あさがおシステム株式会社 設立

2002年10月

株式会社エムティービーインベストメントテクノロジー研究所 入社

2004年3月

同社退職

2004年4月

再度起業

2007年4月

明治大学法科大学院 入学

2010年3月

同大学院 修了

2010年9月

新司法試験合格

2010年11月

司法修習 

2011年12月

弁護士登録。現在に至る。

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