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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第96回] 中桐 裕子 経済産業省

塾員来往

[第96回] 中桐 裕子 経済産業省

管理工学って!

元気が取り柄

元気が取り柄

 「なんて面白そうな学科!」 横浜の塾で、高校生だった私がたまたま慶應管理工学科の紹介パンフレットを読んだ時の胸のときめき。人生の中でもかなり重要で衝撃的な一コマだったと思います。ヒト・モノ・カネが絡み合うシステム、私たちが活きる社会を工学的な視点で眺めて問題を解決してみる、そんな理系の学問があっただなんて、こんなに面白い分野なら競争倍率がぐんぐん上がるのでは・・・などと、余計な心配をしたことまで思い出します。

カブケン

 1996年4月に理工学部に入学しました。それまで10年間、1学年80名の平和な女子校で過ごしていた私にとってはまず、数千人が自由奔放に暮らす、でも知り合いがほとんどいない日吉キャンパスでどう振舞ったものか、一歩目からちょっとしたチャレンジでした。そんなとき、同じ韓国語クラスの友人のツテでたまたま顔を出してみた「歌舞伎研究会(カブケン)」。同期や先輩の人の良さや、学生会館にある部室の居心地の良さから、何の知識も無いまま“勢い”で入部を決定し、すぐ5月から週2回、浴衣姿でたっぷり稽古の日々になりました。
 三田祭では学生歌舞伎の実演をしています。普段は机椅子が並ぶ大教室に、次々と山台や大道具、御簾が運び込まれ、当日は歌舞伎座の職人さんや鳴り物さんにお越しいただき、「役者以外は本物」の夢の一舞台。役者をもり立てる裏方と、引き立てられて良い気分になって魅せる舞台を完成させる学生役者たち。準備から完全撤収まで、あの11月の1週間の熱い経験と、色々な偶然が重なってそういう日々を一緒に過ごすことになった仲間たちは、私の一つの大切な財産です。

カブケン稽古場にて

カブケン稽古場にて

野球人

 学部3年からは、日吉から谷を一つ超えた矢上キャンパスで管理工学の講義三昧と、思いきや、ちょうど学部3年の時には大好きだった横浜ベイスターズが38年ぶりに日本一になり、私も横浜スタジアムや神宮に何度も行って応援に熱中しました。カブケンや学部学科の友の皆さん、試合を見にたくさん付き合ってくれて、本当にありがとう!
 その頃、たまたま新聞の地域欄で見つけた、川崎地域の女子野球チームにも入りました。毎週日曜、多摩川べりで練習して、年に2度の連盟の大会で少しでも上位を目指します。今だにライトで8番の野球は続けており、ここでもかけがえのない仲間と濃い経験の数々に恵まれています。

日曜、多摩川で野球です

日曜、多摩川で野球です

栗田研究室

 学部4年からはいよいよ、満を持して研究生活です。前から心に決めていた「都市のOR(OperationsResearch)」栗田研究室に無事配属され、研究がスタートしました。週に1回の輪講と時間無制限の卒論ゼミ。まずは都市にひそむ問題の発見から入り、自分たちなりの解析を提案すべく、様々な数理モデルや計算幾何学の手法について学んでいきます。私は結局、4年間研究室にお世話になり、化学反応での分子の増減を表現するような極めてシンプルな微分方程式モデルを、社会現象に当てはめるというテーマで研究を進めました。家庭用ゲーム機のハードやソフトの売上、人口の増減、狂牛病の広がり、社会的なブーム(焼酎・インスタントラーメン・ビリヤード等々)の広がりなど、幅広く研究のネタを拾えました。
 この研究の面白さは、人間が暮らす社会を数理モデルで緻密に再現しようとするのではなく、むしろシンプルなモデルで現象を追い、管理工学的メガネで、社会現象の基本的な構造を捉えてみようとする点にあると思っています。その上で、社会では複雑に事情が絡み合い、人間が泥臭く解決していく問題も山ほど残っている。若輩者が少し大げさですが、工学の手法で社会、特に人間を扱うことの限界も見据えた上で、謙虚に社会に向き合い、さらに知恵を尽くして問題を解きほぐして一歩でも前に進んでいきたい。そういう私の根本的な姿勢自体が、管理工学の研究を通じて形作られていったと思います。

 「都市計画は理解したり,人に教えたりすることが困難な多くの部分と客観的に理解し説明できる少しの部分とから成り立っている」(都市工学者、奥平耕造先生の言葉)

 心に染みている言葉です。

 研究の堅い話ばかりでしたが、もちろん研究室メンバーとの数々の酒乱の場面も忘れられません。わざわざ安い韓国焼酎を求めて隣の駅前の飲み屋にも歩いていきました。自分がこんなに飲み会好き(酒好きではなく!)だったことは、栗田研究室で始めて学びました。

都市のOR一派

 年に2回「都市のORセミナー」として、筑波大学、南山大学、中央大学など、他大学との合同研究会が開催され、そこへの参加をとても楽しみにしていました。大先生、諸先輩方、我々学生たちが、各自の研究テーマについて本当に楽しく語らい、自由な討論は、夜には宿舎で大量の酒も入りながらいつまでも続きます。先生方が確かな絆を結んで、素敵なコミュニティが作られている中で、我々世代ものびのびと研究し、交流を存分深めることができています。私の同期はOR学会で引き続き研究者として活躍している仲間も多く、今でも学会誌で彼らの名前を見るたびに、良い意味での緊張感を感じ、お互いOR人としてそれぞれのフィールドで切磋琢磨し、ともかく面白く活動をしていかねばと思う次第です。私は勝手に、「都市のOR一派」は私の知的ふるさとだと思っています。いつか故郷に錦を飾ります(笑)。

「都市のOR」昼の風景

「都市のOR」昼の風景

「都市のOR」夜の風景。ボス・大ボスと「鍋蓋」の料理屋さんにて

「都市のOR」夜の風景
ボス・大ボスと「鍋蓋」の料理屋さんにて

楽しく公務員生活

 今は、経済産業省で仕事をしています。ちょうど私が公務員試験を受験する前年くらいから、数学の試験区分で、ORや経営工学の分野が追加されました。そういう理系センスが行政の場にも求められている意味を日々噛み締め、実践しようとしています。
 10年の業務経験を経て、私の心を捉えているのが「安全行政」。社会システムや機械システムについて、科学的な合理性をもって安全を確保していくことが必須ですが、そうした取組は、社会的合意プロセスを経て、信頼感を得て進めていくという点がこれまた非常に重要で難しいところ。まさに管理工学で学んだ哲学を胸に、今は、安全行政の一つの本丸とも考えている原子力安全行政に携わり、かなり張り切っています。

おわりに

 とりとめもなく綴りましたが、学生の皆さんにはともかく大学生活を楽しんでいただき、それを糧に将来、一緒にニッポンの力になるため、各々のフィールドで共に面白い仕事をしていければ嬉しいです。機会があれば又!

プロフィール

中桐 裕子(なかぎり ゆうこ)(私立函嶺白百合学園高等学校 出身)

2000年3月

慶應義塾大学 理工学部 管理工学科卒業

2002年3月

慶應義塾大学大学院 理工学研究科 開放環境科学専攻 修士課程修了

2003年4月

経済産業省入省 現在に至る

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