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理工学部HOME > 塾員来往 > [第36回] 本間 徹 経済協力開発機構(OECD)アフリカ投資イニシアティブ

塾員来往

[第36回] 本間 徹 経済協力開発機構(OECD)アフリカ投資イニシアティブ

本間 徹氏

 私は、国際機関の一つである経済協力開発機構(OECD)に勤務する国際公務員として、本部のあるフランスに2006年8月赴任したばかりです。開発途上国の国際協力に関わる海外長期滞在はこれで5回目です。現在、アフリカの投資環境整備に各国政府と協力しながら取り組んでいます。1960年代にはアフリカと同レベルだったアジアが(偏りはあるものの)その後経済成長を遂げた要因の一つに、日本が官民一体となって経済援助のみならず民間資金の流入(貿易投資)で貢献したことも挙げられています。格段の差がついたアフリカでも投資環境整備や民間セクター開発というキーワードが貧困脱却の鍵として国際的に近年認知されるようになり、アジアの経験をアフリカでと日本提唱で始まったのが、私の従事する「アフリカ投資イニシアティブ」です。

 こんな仕事の原点が管理工学科です。社会の仕組みを理系的センスで紐解き適切なシステムを探る学際的な内容に惹かれ、管理工学科を選びました。グループで徹夜のサーブリグ解析実験をしたIEや、人間工学、OR等、実社会との接点を意識でき楽しいものでした。研究室は経営管理の福川研です。アルバイトに明け暮れ工面した大枚をはたき、学生としては珍しかった株式投資を始めた途端、かのブラックマンデーに襲われ見事に敗退した私は復讐に燃え、投資選択基準・要因分析の研究もしていた福川研の門を叩いたのです。面接をして「変わった奴」と認定されれば採用というのが福川忠昭先生の方針でしたが認められたようです。他に私の原点となったのは途上国放浪の旅です(詩でも作りながら気が向くままに春休み毎1-2ヶ月諸国行脚)。当時共産圏の東欧では、危ない目に遭遇しつつも知り合った個人宅に泊めてもらう等、厚い壁に阻まれ見えなかった暮らしを垣間見ました。アフリカでは最高峰キリマンジャロの頂上アタックに成功、赤道直下ながら-20℃で万年雪の頂上5895mからの朝日と雲海は最高でした。各国の庶民生活を巡るのも楽しみでしたが、貧困の中逞しく生きる人々の存在を肌で感じた機会でもありました。卒業後、民間企業にて約4年勤務し、新規事業開発、関連会社経営管理等の業務を通じ、諸先輩の指導の下、日本の様々な産業に触れる良い機会となりました。

福川研同期

福川研同期(左端が福川先生、横縞シャツが本間)

キリマンジャロ山頂付近にて

キリマンジャロ山頂付近にて(本当は高山病でへとへと)

 その後、温めていた国際協力の活動の第一歩としてJICA(当時国際協力事業団、現在国際協力機構)の青年海外協力隊員となり、南部アフリカのザンビアに派遣され、豆炭・七輪の開発・普及に取組みました。97%の家庭が煮炊き等を薪・木炭に頼り森林破壊が進行する状況に対し、環境保全、代替燃料確保、産業開発、生活改善等の要素を織込んだユニークな試みとして、某有名ニュース番組や新聞各紙でも随分報道されました。私の活動の様子も放映されましたが、自分の声(ニャンジャ語という現地語)に日本語字幕が付いていたのが何とも言えぬ気持ちでした。七輪を担いでバイクで日々回った低所得者居住地区で、普通の子供や大人がAIDSやマラリアで簡単に亡くなる状況に触れ、3年弱の活動から帰国した際にはこれからも国際協力に従事しようと決めていました。

ザンビア・低所得者居住区にて七輪普及活動

ザンビア・低所得者居住区にて七輪普及活動

 JICA本部で2年間、中小工業開発の案件作り等に従事したのち、鋳造技術の強化を通じて産業の高度化を目指すプロジェクトの調整と中小企業振興の専門家として、3年半インドネシアの現場で活動しました。生産現場でもあるプロジェクトサイトでは、管理工学の知識が役立ちました。途上国開発における産業貿易投資の役割を学ぶため、産業革命発祥の地、英国マンチェスターに留学した後、再びインドネシア派遣の機会を得ました。ジャカルタのJICA事務所にて貿易投資環境整備・産業振興の協力全般の担当として、案件形成、同国政府や他支援国との調整、インドネシア語での講演等、先日まで更に3年弱、広大な国土を飛び回りました。

インドネシア鋳造技術分野裾野産業育成計画プロジェクトサイトにて

インドネシア鋳造技術分野裾野産業育成計画プロジェクトサイトにて(上列左から6番目が本間)

インドネシア・地方セミナーでの開講スピーチ

インドネシア・地方セミナーでの開講スピーチ

 2004年暮れのスマトラ沖大地震大津波は、インドネシアで死者・不明者計17万人余と、未曾有の大惨事でした。我々は年末年始返上で国際緊急援助隊による医療や物資供給等の活動を支えつつ、中期的復興の計画作りや協力に取組みました。私自身、元々紛争地帯だった被災地に戦争保険をかけて計5回飛び込み、現地支援事務所立上げ、小泉首相被災地視察準備や緒方貞子理事長の現地案内の他、本業の産業振興では、起業や建材製作技術等復興に必要な被災者向け研修や事業を立ち上げました。災害続きのインドネシアの平穏を祈っています。

インドネシア・津波被災地(バンダアチェ)での被災者向け研修開講式

インドネシア・津波被災地(バンダアチェ)での被災者向け研修開講式

プロフィール

本間 徹(ほんま とおる)(千葉県立東葛飾高等学校 出身)

1989年3月

本塾理工学部管理工学科 卒業

1989年4月

建設会社 入社(-1993.9)

1993年12月

青年海外協力隊員としてザンビア(市場調査)に派遣 (-1996.7)

1997年5月

国際協力事業団(JICA)鉱工業開発協力部ジュニア専門員(中小工業開発)(-1999.4)

1999年4月

国際協力事業団派遣インドネシア長期専門家(中小企業振興/業務調整)(-2002.8)

2002年9月

英国マンチェスター大学開発政策管理修士課程(産業戦略貿易政策専攻)(-2003.9)

2003年9月

国際協力機構(JICA)インドネシア事務所企画調査員(貿易・投資促進及び産業振興)(-2006.5)

2006年5月

国際協力機構国際協力総合研修所調査研究グループ研究員(貿易投資)(-2006.7)

2006年8月

経済協力開発機構(OECD:在フランス)金融企業局投資課アフリカ投資イニシアティブプロジェクト・マネージャ/投資政策アナリスト 現在に至る

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