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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第84回] 小山 裕幾 (フルーティスト)

塾員来往

[第84回] 小山 裕幾 (フルーティスト)

小山 裕幾氏

 私は2005年に理工学部に入学し、2010年理工学部管理工学科を卒業しました。今思えばこの5年間という時間は長い様で、過ぎてみると本当にあっという間でした。

 私が理工学部を選択した理由は2つあります。中学、高校時代から理数科目に興味があって大学でもっと深く勉強したいと考えた事、そして慶應ブランドです。慶應大学は周りからの評価が高いだけでなく、先輩後輩の繋がりが強く、何より一生付き合うようなすばらしい友人達に出会えると考え、入学しました。

 大学時代の思い出と言えば、テニスサークル、1年カ組の仲間達、留年(笑)、卒業研究です。私は入学してすぐにレギュレーションテニスサークルに入りました。これはなんとなく仲間作りの為に入ったのですが、この選択が非常に大きかったです。先輩方が優しい方達ばかりで容易に溶け込むことができ、同期も気の合う人達ばかりで、今でも同期会を開催して近況を語り合っています。

引退試合にて

引退試合にて

 1年生の時のクラ友とはよく共に勉強しましたし、サークルとは違ったタイプの友人達だったので非常に一緒にいて面白かったです。例会と称してカラオケ等で馬鹿みたいに騒いだり、友人が3年目の夏にサプライズでパーティを開いてくれて『家の中』でビールかけをしたりと、はちゃめちゃでしたがすごく思い出深いです。
 2年生の時に留年をしました。原因は実験を3回休んだので単位を落とし即留年ということになってしまったためです。実は大学時代からフルーティストとしてソロの演奏活動を行っていたのですが、ちょうど実験の日とコンサートの日が重なってしまったためです。同期達と一緒に卒業できなかったのは非常に残念でしたが、逆に多くの後輩と出会え、仲良くなれたので良しとしたいと思います。
 4年生になると卒業の為に論文を書かなければなりません。私は音楽家を目指している為、一生付き合っていく音楽と慶應で学んだことをどうしても結び付いと思っていました。色々悩んだ結果『バッハの和音構造に基づくコラールの自動再生とその評価』という題で研究を行いました。私が所属した武田研究室はすごく自由で、何を研究してもよいという事だったので、すごくのびのびと研究ができました。

 もし自分が慶應に入らなくて音大に行っていたならば、このような普通では絶対出来ない経験を得ることはなかったですし、すばらしい友人達とも出会えなかったと思います。自分の最終的な人間形成はここ慶應で培われました。改めて慶應義塾大学に心から感謝したいです。

 現在私はスイスのバーゼル音楽院で音楽の勉強をしています。回り道はしましたが、ようやく自分の夢に向けてスタートした、という感じです。最初はドイツ語がわからない、住居が見つからない、滞在許可証が手に入らないなど大変な事も多かったですが、現在はすっかり慣れ、毎日が充実していて、ここには自分をさらに高められる要素がたくさんあります。毎日自分の大好きな音楽に向き合える事は本当に幸せな事だと思います。
 将来の夢はヨーロッパの一流オーケストラの主席フルート奏者になる事、世界的なソリストになる事、優秀な生徒を育てる事、7ヶ国語くらいしゃべれるようになる事、幸せな家庭をきずく事と挙げればきりがありませんが、世の中に不可能な事はないと信じてやまないこのポジティブな性格で今後も全力疾走していきたいと思います。

スペインの音楽祭で(2011年7月)

スペインの音楽祭で(2011年7月)

バーゼルの友人宅にて(2011年2月)

バーゼルの友人宅にて(2011年2月)

プロフィール

小山 裕幾(こやま ゆうき)(新潟県立 長岡高等学校 出身)

2005年8月

第6回 神戸国際フルートコンクール第一位受賞
(慶應義塾大学理工学部在籍中)

2010年3月

慶應義塾大学 理工学部管理工学科 卒業

2010年9月

バーゼル音楽院入学

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