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理工学部HOME > 塾員来往 > [第78回] 明智 憲三郎 株式会社第一情報システムズ

塾員来往

[第78回] 明智 憲三郎 株式会社第一情報システムズ

明智 憲三郎氏

最近の私と拙著

 私は高校3年で理工学系コースを選択して以来、大学・大学院では計測工学、会社ではコンピュータ・システムと理工学系一筋に生きてきました。ところが、半年ほど前、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に出演した際には「歴史研究家の明智憲三郎さん」と紹介されました。人生六十三年、歴史研究家と呼ばれることになろうとは全く想像もしていないことでした。なぜ、歴史研究家と紹介されたかというと昨年(2009年)『本能寺の変 四二七年目の真実』と題する本を出版したからです。
 この本は題名の通り「本能寺の変」という歴史上の大事件の全貌を解き明かしたものです。私がそのような本を書いたのは、光秀子孫として「事件の真相を知りたい」という思いがつのり、7年前にとうとう自分でこの事件の捜査を行って真相を解明したからです。したがって、一般的な意味での歴史研究家ではなく、「本能寺の変」という事件の「歴史捜査家」と自認しています。この捜査のやり方は現代の犯罪捜査と同様のものですが、正しく理工学系の技術者が長年培ってきた理工学的な手法そのものだったのです。その手法を簡潔にご紹介しましょう。

 最初に「徹底した情報収集」。事件当時に書かれた史料からの関連記事の収集です。武将、公家、僧侶などの書いた日記、イエズス会宣教師の書いた報告書類など多くの史料が活字化・編纂されて出版されていて、予想以上に多くの情報を入手できました。
 次にこれらの情報の「洗練と関係付け」です。犯罪捜査で言えば証拠・証言の信憑性の評価とそれらの相互関連の整理です。これによって「部分的な小さな真実」がいくつも見えてきました。そうすると、不足している情報に気が付きます。
 そこでさらに情報を収集する「情報の補強と関連付けの追加」を行いました。これで推理のための材料が揃ったことになりますので、いよいよ「全体の構成と設計」です。「部分的な小さな真実」が矛盾なく整合する真実の全体像を復元していくのです。こうして復元された真実は従来の通説とは全く異なるものでした。
 そして、最後に行ったのが「結果の検証」です。私の復元した答とは別の答の可能性がないのかを様々な角度から確認してみました。その結果、私の復元した答の蓋然性(確からしさの度合)が圧倒的に高いと確信できました。それから4年かけて書上げた本のキャッチコピーは「子孫が解き明かした真実に、読者は驚愕し、やがて深く納得する」です。

 ご紹介した歴史捜査の手順は自分の仕事の基本として身に付けていたものであって、歴史捜査のために新たに考え出したものではありません。どこで身に付けたのかとルーツをたどってみたら大学時代の実験の授業に行き着きました。
 計測工学科には応用物理学や制御工学の授業がいろいろありましたが、最も計測工学科らしい授業がこの実験でした。実験対象物を計測し、得られたデータから対象物の特性を分析し、その結果をレポートに書くという授業です。実験担当の新井先生からなかなか合格がいただけなくて、夜遅くまで小金井校舎※の実験室に居残って取り組んだことを思い出します。この実験授業で行ったことが正に歴史捜査で使った手順そのものなのです。
 この実験を通じて叩き込まれたのが「計測なくして科学なし」、つまり事実の正しい把握がなくしては真実は見出せないということでした。当時は難関の実験授業に合格するためにただ必死に取り組んだだけで、その意味や価値を深く考えませんでしたが、私のエンジニア人生の基礎をしっかりと作り込んでいただいたと今になってつくづく感謝しています。

 研究室は武藤研究室・大場研究室に所属して、当時脚光を浴びつつあったレーザーの研究を行いました。レーザーを研究対象に選んだのは、レーザー光の美しさに魅せられたといった単純な理由だったと思います。研究の一環でレーザー光の出力波形解析プログラムを作ったことがきっかけとなり、まだ勃興期だったコンピュータ・システム事業の世界へ飛び込みました。その正体がよくわからないもの、何か可能性を秘めていそうなもの、自分自身で道を作れそうなもの。職業選択もそのようなかなり単純な理由でした。選んだからには後悔することがないようにと、システムエンジニアとして一所懸命に努力したのだと思います。

※編集注:1972年に理工学部(当時は工学部)は小金井校舎から現在の矢上キャンパスへ移転しています。

武藤研究室1(武藤先生、同級の朝倉建介君、私)

武藤研究室2(発光ダイオードの特性計測)

 あれからかれこれ40年。私の出版を同期生が皆応援してくれています。お陰で全校同窓会イベント(連合三田会大会)で理工学部同窓会総会・講演会『明智光秀の子孫が語る「本能寺の変」の真実』と題する講演もさせていただきました。「良き人のつながり」も学生時代に作り込まれた基礎があってのものととても感謝しています。

川崎ロータリークラブでの講演

プロフィール

明智 憲三郎(あけち けんざぶろう)(慶應義塾高等学校 出身)

1970年3月

慶應義塾大学 工学部計測工学科卒業

1972年3月

慶應義塾大学大学院 工学研究科計測工学専攻修
修士課程 修了

1972年4月

三菱電機株式会社 入社

2000年6月

三菱電機ビルテクノサービス株式会社 情報システム部長

2003年4月

三菱電機情報ネットワーク株式会社 技術統括部副統括部長

2006年6月

株式会社第一情報システムズ 常務取締役
現在に至る

出版・寄稿

『本能寺の変 四二七年目の真実』出版(プレジデント社)外部サイトへのリンク (2009年3月)
情報システム学会『SEが歴史を捜査したら「本能寺の変」が解けた』外部サイトへのリンク (2010年11月)

講演・出演

TBSラジオ 安住紳一郎の日曜天国外部サイトへのリンク (2010年5月)※にち10ポッドキャスティングにて公開中
連合三田会大会「理工学部同窓会総会・講演会」 (2010年10月)

ブログ

明智憲三郎的世界 天下布文!外部サイトへのリンク開設 (2010年1月)

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