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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第60回] 園田 陽子 慶應義塾高等学校

塾員来往

[第60回] 園田 陽子 慶應義塾高等学校

「大学の四年間で、よき友・よき師・よき書物と出会って下さい」

 入学式で、当時の塾長・石川忠雄先生の仰有った言葉です。今、振り返ってみると、私の大学及び大学院での日々は、まさにその"よき出会い"の連続でした。

 理工学部を志望した理由は単純で、数学と理科が好きだったことです。中高時代、多くの尊敬できる素晴らしい先生方にご指導頂く幸運に恵まれた私は、そのことから、中学か高校の教員になりたいと思う様になりました。そして、好きな理系科目の教員になるべく、理工学部を目指しました。初等科から高等科までの12年間を、大学のあるカトリックの女子校でのんびり伸び伸びと過ごした私にとって、大好きな母校を離れることには抵抗もありましたが、上の大学には理系学部がなく、受験を決意しました。幸い、幾つかの大学に合格し、その中から、伝統と校風に憧れて、また、祖父に始まって最も近いところでは兄と、親類の多くが義塾に学んでいたことから、義塾を選びました。

 入学後、先ずはクラブ選び。兄など義塾の先輩を観察するに、大学生活に於いてクラブの占める割合は大きく、しかも義塾の場合は卒業後も、三田会と称して先輩や後輩も含めた付き合いが末長く続いていくものらしい、と知っていたので、これは慎重に選ばなければ、と思いました。それ迄たまたま小さなクラブに所属することが多かったことから、とにかく"大きな部で4年間やり通す"ことで人間関係など色々なことを学んでみたい、と考え、大きなクラブの中から選ぶことにしました。そして、何か今までやったことのないものにチャレンジしようと、ワグネル・ソサィエティー・オーケストラの門を叩き、打楽器パートに所属することになりました。

90年2月の慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・ベルリン公演

90年2月の慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・ベルリン公演

 ワグネルは、思っていた通り、大学生活の大部分を占めることになりました。年に数回の本番とそれに向けた練習、合宿に演奏旅行と、時間的にも体力的にもハードで、他学部より忙しい理工学部の学業との両立は大変でした。また、技術面や人間関係等の悩みは尽きず、"大きな部で4年間やり通す"という意地だけで続けている様な時期もありました。それでも、当時は真剣に思い悩んだことも、後になって振り返ると、貴重な体験や懐かしい思い出になっているものです。様々な体験をし、色々なことを話せる生涯の友人を得、更に、音楽という長く続けられる趣味をもつことも出来ました。そして何より、皆で苦楽を共にしながら一つの音楽を創り上げたことや、関西やヨーロッパへの演奏旅行、演奏旅行後に仲良しの女の子グループで山陽まで足を延ばしたりヨーロッパ旅行をした思い出は、一生の宝物になりました。戦相手にばったり再会したりして、昔話で盛り上がることもあります。

90年2月 演奏旅行後に友達と足を延ばしたローマで

90年2月 演奏旅行後に友達と足を延ばしたローマで

 大きなクラブを選んだ私でしたが、学科選びはまるで逆の選択になりました。Ⅲ系に属していた私は(編集中:当時は学門別ではなく系別入試でした)大所帯の応用化学科と小所帯の化学科から、どちらかを選ぶことになります。1年次の理工学概論という授業で岩田末廣先生のお話に魅力を感じ、私は岩田先生の研究室が所属する化学科を選択しました。

小所帯の化学科は雰囲気もアットホームで、3・4年生以上になれば、同級生どうしは勿論、先生方や先輩・後輩とも顔見知りになります。先生方には、きめの細かい丁寧なご指導を賜りました。4年進級時には希望通り、理論化学の岩田研究室へ。実験の代わりにコンピューターを駆使して星間分子や分子内のメチル基回転について研究しました。一般的な大学生と異なり、夏休みも土曜日もなく、ひたすら矢上に通い続ける毎日でしたが、それがちっとも苦にならなかったのは、家族の様に仲の良かった茅・岩田・藪下研究室の皆様と、研究の楽しさを教えて下さった先生方のお陰だったのだろうと思います。地方での学会の度に研究室で旅行したことも、忘れられない思い出の一つです。

92年6月 研究室の仲間と学会で津へ

92年6月 研究室の仲間と学会で津へ

94年6月 論文発表のために行ったプラハで

94年6月 論文発表のために行ったプラハで

 1200~2000字の原稿を頼まれて、最初は「そんなに沢山書けるかしら」と不安でしたが、いざ書き始めてみると、楽しい思い出や貴重な体験が多過ぎて、取り留めのない文章になり、寧ろ書いたものを削るのに苦労してしまいました。それだけ、"よき出会い"の多い、恵まれた学生生活だったのだと思います。今は念願叶い、大学院在学中の慶應義塾高等学校での非常勤講師をきっかけに、学位取得後の慶應義塾湘南藤沢中・高等部勤務を経て、現在は慶應義塾高等学校で教壇に立っています。学校でも色々なことがありますが、充実した毎日です。学生時代から現在に至るまでの、この様な恵まれた日々の源である多くの"よき出会い"に感謝すると同時に、自分の生徒達にも、"よき出会い"に満ちた、彩り豊かな学生生活や人生を送って欲しいと思っています。

08年8月 甲子園に行った慶應義塾高等学校野球部の応援・引率で

08年8月 甲子園に行った慶應義塾高等学校野球部の応援・引率で

プロフィール

園田 陽子(そのだ ようこ)(私立 聖心女子学院高等科 出身)

1991年3月

慶應義塾大学理工学部 化学科卒業

1993年3月

慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻 修士課程修了

1993年4月

慶應義塾高等学校 非常勤講師(~1995年3月)

1995年1月

慶應義塾湘南藤沢中等部高等部 非常勤講師(~1997年3月)

1996年3月

慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻 後期博士課程修了、
博士(理学)号取得

1997年4月

慶應義塾湘南藤沢中等部高等部 教諭(~2003年3月)

2003年3月

慶應義塾高等学校 教諭 現在に至る

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