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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第57回] 末吉 隆彦 クウジット(株)

塾員来往

[第57回] 末吉 隆彦 クウジット(株)

 2008年7月、麻布十番のオフィスにて、本コラムを執筆しています。麻布十番駅は、いまや日吉駅まで直通になったからなのか、日吉と矢上時代を振り返るよい機会を得ました。

 私は、1990年に電気工学科を、1992年に理工学研究科計算機科学専攻の修士課程を卒業したOBです。入学当初の1986年は、我が世の春よとばかりに日吉キャンパスをのほほんと歩いていたのを思い出します。私は昔から、おっちょこちょいなところがあり、「慶應と言えば三田!」と信じて疑わず、三田に通うものとばっかり思い込んでいました。当時同じクラスの友人から、日吉キャンパスの裏手から見えた向かいの霞みがかった山の上の建物を指さされ「あれが3年から通う矢上キャンパスだね」と教えてもらった時は、愕然とした記憶があります。そう、本当に愕然としたのです。だって、慶應と言えば三田でしょ!これが1年生の時の思い出です。

 理工学部は、実験やレポートも多いと聞かされていたのですが、本当にその通りでした。矢上に通ってからは、講義の内容もますます専門的になっていき、ほんと追いつけなくなってしまいました。とくに量子力学が出てきたあたりからダメでした...orz 大学からの帰り、途中駅から多摩川土手まで歩いて寝っ転がり、「こりゃ本当にまずい。留年かも...やばい」(※当時の「やばい」は、否定文で使った)とぼやいたことを今でも覚えています。これが矢上に通いはじめた頃の思い出です。

 そんな理工学部生活の中で、当時、相磯秀夫先生の「デジタル回路入門」や安西祐一郎先生の「デジタルオートマトン」、所眞理雄先生の「計算機構成入門」、天野英晴先生の「デジタル回路の製作」といった講義や実験課題に出会いました。(※講座名称は、記憶があいまいなため正確ではありません。あしからず)不思議とこれらの領域が私にとって、相性がよかったのか、楽しく没頭できたのです。そこで、それまでコンピュータのキーボードなどほとんど叩いたことのなかった私は、「これからはコンピュータの時代だ!」と硬く信じ、周囲の友人たちからは、「コンピュータ系の研究室はやめとけ。きびしいぞ」と言われつつも、とにかく行動あるのみということで、ご縁あって、所眞理雄先生の研究室でお世話になることになりました。

 研究室での生活は、それまでとは打って変わって、寝食を忘れて研究一本に打ち込み...いやいや実際には歌って(カラオケ?)踊れる(スキーにウィンドサーフィン?)研究者生活を夢見て研究室ライフに一層没頭することとなりました。コンピュータサイエンスの先端研究ができるとあって、世界的レベルの観点で研究内容や取組み方を求められ、どこがユニークなのか、新しいのかを厳しく突っ込まれ、それに果敢に応戦するという環境は、プレッシャーではあったもののとても刺激的でありました。

 当時の研究室同期メンバーとは、今も交流が続き、ちょうど平成元年度に学部を卒業したことから、ワインに例え、「元年モノ(がんねんもの)」というコードネームで、自分たちを呼んで連絡を取り合っています。

当時の元年モノの様子

当時の元年モノの様子

 今は平成20年。当時も今もよく聞くサザンオールスターズが無期限に活動休止してしまう夏です。

 私は、その後、1992年にソニー(株)に入社し、VAIOノートパソコンの商品開発などを経て、2005年よりソニーコンピュータサイエンス研究所に活動の場を移し、そこで、無線LANの電波で現在位置を推定する「PlaceEngine」という技術に出会い、そのサービス企画とビジネス化を推進しました。2007年には、その「PlaceEngine」技術を核に事業展開する会社として、クウジット株式会社を起業し、現在に至ります。

 さて、一緒にクウジットを創業したのは、同じく「元年モノ」メンバーの1人で、ソニーCSL時代でも同僚であった塩野崎敦、その人でした。

当時の塩野崎(右)と私(左)@矢上キャンパスにて

当時の塩野崎(右)と私(左)@矢上キャンパスにて

現在の塩野崎(左)と私(右)@麻布十番のオフィスにて

現在の塩野崎(左)と私(右)@麻布十番のオフィスにて

 当時確かに日吉に矢上に塾生として存在していた我々は、時を経て、上手に熟成?...というか、今も転がり続けて、ロックンロールしているのは確かなようです(塩野崎は、大のロックファンなのです。お互い身体的に肥えたことは確かなようだ...)

 私にとって理工学部での生活は、一瞬であったけれども、振り返れば戻れる基点であり、かけがえのない時間だったと思える輝点です。だからこそなのか、塩野崎と私は、今も飲みにいくと、酔っ払って気が大きくなった際に、決まって最後に、「いつか理工学部にSS棟(Shio-Sueyoshi)を寄付するぞ!」という話になるのです(笑)

プロフィール

末吉 隆彦(すえよし たかひこ)(都立 西高等学校 出身 出身)

1990年 3月

慶應義塾大学理工学部電気工学科 卒業

1992年 3月

慶應義塾大学大学院理工学研究科計算機科学専攻 修士課程修了

1992年 4月

ソニー株式会社入社
ソフトウェアプロジェクトリーダーとして、
VAIO C1などのノートPC商品化に尽力する

2005年 5月

ソニーコンピュータサイエンス研究所、リサーチャーとして勤務
Wi-Fi電波による位置推定技術「PlaceEngine」のサービス立ち上げと企画運営を行う

2007年 7月

クウジット株式会社設立、代表取締役社長に就任

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