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慶應義塾大学理工学部
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理工学部HOME > 塾員来往 > [第50回] 瀬尾 育弐 駒澤大学医療健康科学部

塾員来往

[第50回] 瀬尾 育弐 駒澤大学医療健康科学部

 大学を卒業して33年になりますが、このように母校のHPで記事を書く機会を与えていただき、我が恩師南谷先生には大変感謝いたします。本塾の工学部(現:理工学部)を選択した理由ですが、当然国立大も受験しましたが、見事落ちました。人間・生物には現代科学では解明できない能力があります。それは超能力とも言えます。「イルカやコウモリは超音波を使っている? 微生物の鞭毛はどうやって回転するのか? 記憶力は何で人によって違うのか? 死後はどうなるのか?」。当時、私には、わからないことがたくさんありました。そんなわけで、現代科学では未知の生体情報をもっと知りたいという夢がふくらんでいました。医学部と工学部のある大学ならそんなことを研究できるかと思って、早稲田大学理工の応用物理にも受かったのですが、本塾に入れていただきました。

 高校では、ほとんど男子ばかりで、吹奏楽部で6年間クラリネットを吹いたり、ほらを吹いたりして、体力がなまっていたので、入学するとすぐに女性の多そうな運動サークルを色々探し回りました。あげくの果てに、女性ゼロのボディビルクラブに入りましたが、理系でない文系の異色の友達と和気藹々と4年間過ごせ、人付き合いを学び、それが社会に出て大変役立ちました。

 本塾工学部は、1~2年生の間は学科に所属せずに、3年生で学科を決めるという仕組みでした(注:現在は2年生から学科に所属します)。1~2年での講義の中でもっとも印象深かったのは、西岡秀雄先生です。気候の700年周期説を唱えられていて、とても発想やアプローチの仕方がユニークであり、授業も大変おもしろかった。しかし、理系の講義は全般にとても難しく、ノートを取るのがやっとでしたが、会社に入ってからノートを読み直すと少しわかりました。3年時は、まだ、武蔵小金井に工学部があり、矢上台への移転時期と重なり、電気工学実験は小金井で行ない、小金井までは観光バスで通うという変則的なもので、最初はバスガイドさんもいて楽しかった。4年時には、電気工学科の南谷研究室に入れていただき、血液の電気的インピーダンスの研究のため、品川の豚殺場まで血液を分けてもらいに行ったりして苦労し、南谷先生には大変ご迷惑をおかけしました。

矢上台の正面階段前で電気工学科の友達と。

矢上台の正面階段前で電気工学科の友達と。

 研究の合間には、研究室では、囲碁、オセロやスクラブルゲーム(英語の単語を作って並べてつなげていく)を堪能しました。また、鶴見川の土手をよくランニングしました。毎年、夏には合宿があり、志賀高原の山に登ったり、演奏会をしたりして楽しみました。本塾工学会奨学金(返還しなくていい)とアルバイト(家庭教師)で、日頃は倹約しつつ、渋谷・新宿へ飲みに行ったり、銀座のJAZZ BAR(JUNK)でJAZZを聞いたりしました。

電気工学科(鈴木・南谷研)の夏合宿で志賀高原の山に登りました。

電気工学科(鈴木・南谷研)の夏合宿で志賀高原の山に登りました。

 無事、修士課程を終え、(株)東芝の総合研究所の医用電子機器部に入れてもらい、超音波やMRI(核磁気共鳴装置)の開発に携わりました。ふつうの人間の眼に見えないものを可視化することに非常に興味を覚えたからです。本塾電気工学科の鈴木登紀男先生から、工学部の前身となった藤原工業大学の伝統を受け継ぎ、社会に役立つ研究をするように教えられていたので、患者さんのためになる装置、すなわち、無侵襲で、痛くなく、がんの早期発見につながる装置の開発を手がけてきました。そんなわけで、論文もほとんど書かずに実用化研究を30年間やってきました。しかし、すぐ役に立たない研究も重要なことは、後でノーベル賞を受賞した小柴先生にお会いしたときに、わかりましたが。

 周囲の先輩・同輩のおかげで、2005年には「遅い流れをリアルタイムに見ることのできる超音波血流イメージング装置の開発」により紫綬褒章をいただきました。レーダ技術を応用し、がんの早期発見に有用であったというものですが、たぶん軍事産業関連だったらもらえず、医学関連で世の中に役立ったということで、いただけたのだと思います。

紫綬褒章を受けました

紫綬褒章を受けました

常陸宮殿下にご説明しているところ。

常陸宮殿下にご説明しているところ。

 1年前に退職して、現在は、駒澤大学で先生をしています。今、女性50人に1人は乳がんになっています。ピンクリボン運動などで乳がんの検診率は上がってきましたが、まだまだです。X線マンモグラフィーの検診は大変痛いと言われていますので、発見率の高いしかも痛くない、乳がん超音波検診システムを共同研究しています。また、将来は、「禅」と「脳」の研究を行いたいな~と夢みています。

 本塾では、理工学だけでなく幅広い分野の授業を受けられ、友達も幅広く得られ、大変有意義な学生生活を送ることができたので、今日の自分があると思います。最後に、夢をもちましょう、皆さん。

プロフィール

瀬尾育弐(せお やすつぐ)(福岡県立 修猷館高校 出身 出身)

1973年

本塾大学工学部電気工学科卒業

1975年

本塾大学大学院工学研究科修士課程修了

1975年

株式会社東芝に入社

2007年

東芝メディカルシステムズ株式会社を退社

2007年

駒澤大学 医療健康科学部教授  現在に至る

受賞

全国発明表彰「文部科学大臣発明賞」(2003年6月)
科学技術功労者表彰「文部科学大臣賞」(2004年4月)

受章

紫綬褒章(2005年5月)

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