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理工学部HOME > 学問のすゝめ > 「覆水盆に返らず」の物理

学問のすゝめ

「覆水盆に返らず」の物理

齊藤 圭司 (物理学科 准教授)

 「覆水盆に返らず」という言葉があることは、みなさんもご存知のことと思います。一度起きたことは元に戻すことができないことを意味する諺です。家を出て行った妻が、元夫が昇格したのを見て復縁をせまったとき、男が「地面にこぼした水を盆の上に戻してみよ」と言ったことが、由来とされています。元には戻り得ない自然現象を使って、復縁はないことをさとしたのです。この言葉は諺ではありますが、自然界に存在する明確な時間の矢を示唆した言葉としてもとらえられます。

 物理学においては、元に戻らない現象のことを「不可逆性」といいます。過去と現在と未来を明確に区別する時間の矢のことです。1粒子系の運動を支配する力学は、ニュートン力学、また光速に近い領域なら相対性理論、また微小な系で波動性が顕著になる量子力学などがあります。そして、それらの物理体系は物理の主役と思われがちです。しかしながら、このような基礎方程式は、我々の自然界を本質的に支配している不可逆性を説明してくれません。不可逆性を表現している学問体系は、みなさんも勉強している全く別枠の「熱力学」という学問体系です。

 熱力学を理解するためのもっとも重要な物理対象は、熱機関です。例えば、容器にガスをつめ、ピストンを出し入れしたり外部の温度を変えたりすることで、熱を仕事に変換します。自然界を支配する不可逆性のために、熱から仕事への変換効率は、カルノー効率を超えることができないことは、みなさんも知っていると思います。

 
 いま、温度一定(\(T\))でピストンを\( A \) から\( B \) まで動かしてみましょう。もし、無限にゆっくり動かしたときの自由エネルギーの変化が、\( \Delta \)\( F \)(\( B \)の自由エネルギーから\( A \) の自由エネルギーを引いたもの)だったとしましょう。\( A \) から\( B \) に動かす時間依存性を任意にした場合、仕事はどれだけ取り出すことができるでしょうか?教科書にもあるように、取り出せる仕事を\(−\Delta W \)とすると最大仕事の原理

により、取り出せる仕事には限界があります。\(\Delta S\)=(\(\Delta W \)−\(\Delta F \) )/( \(k\)\(B\)\(T\) )とすると\( \Delta S \) ≧\( 0 \)となり、全エントロピーが増加することを意味します。

 これは、熱力学ではある種の要請でありますが、最近ではこの不等式は深く考察され、また緻密化されています。そして、非平衡仕事等式あるいはジャルチンスキー等式と呼ばれる恒等式

が、成立することが分かっています。ここで〈…〉は、ありとあらゆる外界(熱浴と呼ばれる)のパラメータ変化に対しての平均を意味しています。この等式は、イエンセンの不等式と呼ばれる数学の不等式を使えば、最大仕事の原理を再現します。

 近年、このような等式を軸に、熱力学を深化発展させようと、実験と理論の双方が協力し合い精力的な研究が行われています。さらに最近では、冷却原子に対する実験や、巨大加速器を用いた重イオンの衝突実験などを念頭におき、量子孤立系でどのように熱化現象が起こるかを探ることも、物理学の中心的な話題になりつつあります。熱化現象も、不可逆性の物理の一端を探る重要な物理です。また、ブラックホールの物理に関しても、近年は不可逆性と関連させて活発な議論が展開されています。
 
 「覆水盆に返らず」の物理は、不可逆性を表現する究極の数理構造の理解に向けて、日々進化している最先端の物理です。不可逆性とは、1粒子の運動や究極の素粒子を追い求めていても得られることのない、深遠な物理現象です。みなさんには、多感な学生時代の中で、自然界にこのような物理現象があることをあらためて認識し、また、感じ入ってもらいたいと思います。

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