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学問のすゝめ

「ホタルの木」から「塗装技術」まで

朝倉 浩一 (応用化学科 教授)

 これからこのページを読まれる皆さん、もしも「ホタルの木」という現象をご存じでなければ、まずは「ホタルの木」でインターネット検索して、その動画をご覧になってください(例えばhttps://www.youtube.com/watch?v=Ls6jJnJ2CuQなど)。1本の大きな木に集まった多数のホタルが、まるでクリスマスツリーのライトのように周期を揃えて同時に点滅を繰り返したり、流れるような光の帯を発生させるのを見ることができます。これは、一匹一匹のホタルが、それぞれの点滅周期を互いに引き込み合うために起こる現象です。では、それぞれのホタルは、なぜ他のホタルの周期挙動に自身の周期挙動を同期させるのでしょうか?この問いに、「それは生物だから周りの生物の様子に合わせた」と解答された方に、私から2つ質問があります。
1)人工的な化学系においても、光でコミュニケーションする同期現象を発生させることができるでしょうか?
2)その前に、そもそも時間周期的に発光を繰り返す人工的な化学系などあるのでしょうか?
その答えは、両方ともYESです。
 H2O2-KSCN-CuSO4-NaOH系という化学反応系は、多数の化学反応が互いに結合しながら進行する複雑な化学反応ネットワークです。全体としては、酸化剤であるH2O2による基質KSCNの酸化が進行しますが、この間に時間周期的にCu(I)の過酸化水素錯体濃度が高まる時間帯が発生します。これは、生命体において、酸素を酸化剤として有機基質が酸化されながら様々な周期現象、すなわちバイオリズムが発生しているのと、まさしく同様な現象です。そして、このH2O2-KSCN-CuSO4-NaOH系に、過酸化水素錯体と反応して発光する物質であるルミノールを添加すると、ホタルのような時間周期発光が観察されます(図1)。

 さて、この化学反応ネットワークにおいて時間周期現象が発生するには、ある条件が必要です。それは、酸化剤H2O2および基質KSCNが過剰に存在しているか、あるいはこれらが定常的に供給されているかのどちらかです。そう、生命体は定常的に酸素と有機基質の供給を受けていないと、バイオリズムを維持できない(要は「死んでしまう」)のと同じです。1977年、ノーベル化学賞はイリア・プリゴジンに授与されました。「散逸構造・非平衡系の自己組織化」という概念の提案が、評価されたためです。生命体のように外部に対して開かれた化学系を、非平衡開放系とよびます。この非平衡開放系においてはゆらぎの成長が起こり、様々な時間的、空間的、時空間的リズムが熱力学第二法則に反することなく発生し、このような現象を自己組織化とよびます。すなわち、生命体で自発的におこる様々なリズムは、「生命の不思議」ではなく、「非平衡開放条件下での複雑な化学反応ネットワークの出力としての自己組織化」なのです。そして、活き活きとしたリズムを発生させる化学反応ネットワークは、それが人工的な化学系であっても、生命体と同様に外部からの刺激に応答します。例えば、前述のルミノールを添加したH2O2-KSCN-CuSO4-NaOH系に赤色光と白色光を交互に照射すると、その周期に引き込まれたリズムを発生するようになります(図2)。

 さて本年、「イミテーション・ゲーム/エグニマと天才数学者の秘密」という映画が公開されました。エグニマとは第二次世界大戦時のドイツ軍の暗号で、この映画はその暗号を破ることに成功したアラン・チューリングの、僅か42年間の波瀾万丈の生涯を描いたものです(波瀾万丈の人生となった主たる理由はあえてここには書きません)。チューリングマシンとよばれるコンピューターのアルゴリズムの基礎を確立し、現在、計算機科学の分野で世界最高権威の賞といえるチューリング賞にその名を遺すアラン・チューリングは、生涯に一報”The Chemical Basis of Morphogenesis(形態形成の化学の基礎)”というタイトルの化学の論文を書いています。この理論に基づいた化学実験で、チューリングパターンとよばれる空間周期濃度パターンを発生させることができます(図3)。このチューリングの理論は、前述の「散逸構造・非平衡系の自己組織化」という概念が提案される以前に発表されたものです。しかしながら後から見返すと、しっかりと非平衡開放条件下の複雑な化学反応ネットワークのモデルとなっています。

 さて、ここまで読まれた方、「所属が応用化学科になっているけれど、一体どこが応用なの?」と思われませんか?確かにここまで書いてきた研究の成果は、いっさい産業技術とは関わりありません。ところが、これらの研究を進めてきたプロセスにおける様々な考察は、特に界面科学が関わる産業技術の開発に大いに役立ちました。なぜならば、非平衡開放条件におかれた界面において、その形状ゆらぎが成長し、様々なパターンが発生するためです。
 高速で回転する基板上の中心に連続的に液体を供給し続けると、その液体は平滑に延伸されることは少なく、様々な流動パターンが自発的に発生します(図4)。これは、回転させるための力学的エネルギーと、液体という物質が、定常的に供給され続けている非平衡開放系であるためです。この流動パターンは、回転速度、液体の流入速度、基板の形状を変化させることにより、一重ラセン、二重ラセン、ラセンの波打ちなど、様々な模様となります。

 では、この現象はどのような産業技術と関係あるのでしょうか?自動車の車体は、回転霧化塗装とよばれる方式で塗装されます(図5)。塗装ロボットの先端に高速で回転する円板があり、この中心へ向けてロボットアームの中を通って塗料が供給されます。すると、塗料は円板上に延伸され液膜となり、さらに外部へ液糸として放出され、これが液滴へと転移して車体に塗着します。ところが、ここで発生する霧状の液滴の粒径が揃っていないと、塗着効率の低下や塗着した際の塗りムラにつながります。この液滴サイズに分布が生じるのは、回転基板上に延伸する液膜に流動パターンが発生するためと考え、流動パターンが発生しにくい円板構造について研究しました。この研究成果は、特許5830612号「回転霧化式静電塗装装置のベルカップ」の登録につながり、また、この特許はPCT出願もなされ、米国、欧州(英・独・仏)、中国、ブラジル、ロシア、インド、メキシコ、タイ、インドネシアに移行されました。さらに、インド、中国、アメリカ、メキシコ、ブラジルの工場に、このベルカップを搭載した塗装ロボットが導入され、昨年、70万台の自動車が生産されました。以前の塗装方法と比べて、CO2排出量が20%削減したという連絡を受けています。
 (なお、念のため申し上げますが、私はCO2による地球温暖化効果を盲目的に信じて、この研究に関わったのではございません。むしろ逆に、極地の氷が増えても減っても、また暖冬となっても厳冬となっても、いずれもCO2による地球温暖化効果によるものと説明する風潮には、科学者としての強い違和感を通り越し、学問の政治的中立性と権力からの独立性を脅かす危機感すら感じています。中生代から約2〜3億年にわたり地球上には全く氷床が存在しなかった期間を経て、第四紀に入ってから約10万年周期で氷河期と間氷期が繰り返され、また今から約5千年前の縄文海進時には現在の海抜10 mあたりが海水準であったという事実から、現在の地球はゆっくりと次の氷河期へ向かっている時期であるという可能性を否定することは、私には決してできません。)

 また、ある化粧品会社の研究者とワインを飲んでいる時に、ワイングラスの壁面をメニスカス上昇したワインの液面で起こる「ワインの涙」(図6)を見ながら、共同研究の話が盛り上がり、結果として「ナノバリアDS処方」を謳った高耐水性のサンスクリーンの開発に繋がったこともありました。(DSは、Dissipative Structure(散逸構造)の頭文字です。)これは、サンスクリーン塗布後の表面という非平衡開放条件下で、自発的にハスの葉のような周期凹凸構造が形成される(図6)ため、高撥水性を示すという商品でした。2003年発売のシリーズは売り上げ前年比32%増、2004年発売のシリーズは前年比68%増となりました。

 私見ですが、応用化学とは、既に完成された化学という学問の知識を使って、様々な技術を開発していく分野であるとは思っておりません。世の万物が化学物質であることから、自然科学現象の様々な場面に、新たな化学の研究のネタが転がっています。特に生命現象や工業生産といった領域に化学の立場で踏み込んで行き、新しい技術を開発するに留まらず、新たな化学に関わる学問体系を確立していくことが応用化学であると思っています。

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