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理工学部HOME > 学問のすゝめ > 温故知新:ユークリッドがビッグデータに出会う!?

学問のすゝめ

温故知新:ユークリッドがビッグデータに出会う!?

湯川 正裕 (電子工学科 専任講師)

 W杯にオリンピック。ICT技術は遠く離れた国で行なわれている試合や競技をリアルタイムで観戦することを可能にした。医療分野でも、病院が近くにない地域に住む人々が遠隔地から専門医の診断を受けられるようになった。センサーネットワーク技術が進展し、世界中の環境を高精度にセンシングできるようになった。最近では、ビッグデータ解析によって人間が経験的に発見できなかった新しい知見まで得られることが分かってきた。現代社会の科学技術の進展は目覚ましいというしかない。

 こうした科学技術が、実は古代に築かれた学問を基に成り立っていると言ったら信じるだろうか。このことが全くのデタラメでないことを実例で示したい。図1を見てみよう。適当な場所からスタートして直線Aに垂線を引く。次に、垂線を下ろした点から直線Bに垂線を引く。この垂線を下ろす操作を2つの直線に対して交互に行なうことによって、2直線の交点が求まることが分かるだろう。これは、20世紀を代表する研究者フォン・ノイマンが提唱した交互射影法の原理を分かりやすく描いたものである。垂線を引く際に無意識に使っている「直角」を初めとする幾何学の諸概念。これはユークリッドが著書「ユークリッド原論」にまとめた幾何学の体系によるものである。ユークリッド幾何学は、17世紀を代表する哲学者・数学者であるルネ・デカルトの著書「方法序説」に記されたデカルト座標(x-y座標)によって代数方程式と結ばれる。例えば、3変数x、 y、 z に関する3つの1次方程式からなる連立方程式を考えてみよう。各方程式を満たすx、 y、 zの集合は平面になることが分かり、3つの方程式に対応する3つの平面の交点が(存在すれば)連立方程式の解である。実際、交互射影法の原理は3つ以上の有限個の平面(4次元以上の場合、超平面と呼ばれる)に一般化され、高次元連立方程式の数値解法として画像復元を初めとする工学の諸問題に応用されてきた。フォン・ノイマンは2つの鏡を直線A、 Bのように並べた時に光の進路を眺めていて交互射影法のアイデアを得たと聞いたことがあるが、もし、デカルト座標が発見されていなかったとしたら、連立方程式の解法へと結びついただろうか。交互射影法のアイデアは、適応信号処理の標準アルゴリズムである学習同定法(南雲・野田1967)にも応用され、携帯電話のエコーキャンセラ・雑音抑圧(図2参照)を初めとする様々な科学技術を支えている。

 さて、2次元の交互射影原理が多次元に一般化される話をした。さらにもう一歩進んで、無限次元の関数空間に話を進めよう。ヒルベルトは変数の個数が無限の場合(正確には、2乗総和可能な数列全体から成る空間)を研究し、フレッシェ、リース、フィッシャー、フォン・ノイマン、ストーンらの知が合わさってヒルベルト空間の基礎理論が完成する。抽象化によって、これまで実数の組だったベクトル(例えば(x、 y、 z))は、関数や確率変数を含む多様な対象へ拡張される。フォン・ノイマンによる交互射影法の収束定理の議論はヒルベルト空間が舞台となっており、関数空間(関数をベクトルとする空間)でも図1に図示した原理が適用できる。今世紀に入ってから学習同定法(上述)を関数空間に拡張した手法が提案され、非線形関数の適応推定法の研究が飛躍的に進展した [1]。これによって、ビッグデータのオンライン解析から時系列データ(太陽光発電量、金融データなど)のオンライン推定まで、幅広い分野で科学技術の進展が期待できる。なお、交互射影法の収束定理は、「2つの平面」から「有限個の平面」、そして「有限個の平面」から「有限個の(より一般の)凸集合」へと拡張されてきた。さらに近年、山田・小倉によって有限個の凸集合から無限個の凸集合への拡張が成し遂げられ、学習同定法やより高性能な適応アルゴリズムに対する統一的な収束解析が与えられた。

 このように、ユークリッド原論に記された厳密な幾何学の体系が現代科学技術の礎になっているのは明白な事実である。現代信号処理工学はヒルベルト空間論を含む関数解析と、凸性を基に凸解析などをツールとして利用しながら進化を続けている [2]。この例からも分かるように、最新の科学技術を追うだけでなく、先人が残してくれた知の遺産に眼を向けて「学問」を習得することは新しい地平を拓くことに繫がるように思えてならない。世界を見渡せば、数学や物理などをバックグラウンドとする研究者達が科学技術への応用を探求すべく信号処理工学へ次々と参入し、独自の強みを活かして信号処理工学の進展に貢献している。数理科学の知見を人々の暮らしに役立てたい。そう願う研究者達にとって、信号処理工学は最適な土壌のようである。最後に、アインシュタインの一般相対性理論で中心的な役割を演じたリーマン幾何学(非ユークリッド幾何学の一種)も情報幾何学 [3] へと発展し、科学技術への応用研究が進められていることを付記する。

参考文献:
1. 湯川正裕,非線形適応信号処理技術の新潮流: 再生核の応用, 電子情報通信学会誌 Vol.97, No.10, pp. 876-882, 2014.
2. 山田功, 工学のための関数解析, 数理工学社 (サイエンス社), 2009.
3. 甘利俊一,情報幾何学の新展開,サイエンス社,2014.

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