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慶應義塾大学理工学部
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学問のすゝめ

<<TeXな私>>

野寺 隆 (数理科学科 教授)

 2011年の3月11日14時46分18秒,東北地方太平洋沖地震が三陸沖を震源として起り,大規模な被害を各地にもたらした東日本大震災を引き起こした.理工学の分野では,地震津波の予測解析は,スーパーコンピュータの登場により,破壊現象の数理として近年盛んに研究が行なわている.しかし,今回は大自然の驚異的な破壊力には勝てず予想外の残念な結果に終った.現時点では,破壊現象に関して完全に満足出来る理論的な解析は行なえず,ハイパフォーマンス・コンピュータを使った数値シミュレーションに頼る必要があるからである.
数値シミュレーションは,安価で高速なコンピュータの出現により,近年,理工学の様々な研究分野で使われている.
例えば,破壊現象の解析の他に航空工学,半導体LSI 回路の過渡応答,エンジンの熱放散,構造解析,ナビェストークス系の流体解析などがある.これらは問題とする量の変化をコンピュータを使って数値的に追跡し,得られた結果をそれぞれの目的に役立てるものである.一般に数値シミュレーションは,次の一連の過程で行なわれる.
(1) 現象の数理モデルの作成(方程式の形式に表現)
(2) 方程式を解く(離散化と数値解法)
(3) 得られた数値解の評価
これらの過程の中で,我々はコンピュータを利用した(2) の数値解法,すなわち数学的な仕組みを利用した算法(アルゴリズムともいう)に焦点を当て,新しい数値算法,いわゆる計算ツールの研究開発を行なっている.
  

 地球シミュレータを使った大規模な気象予測や地震の数値シミュレーションでは,数百万元の未知数を持つ連立1 次方程式の近似解法が必要となる.このような方程式は,通常,我々が大学の初年度に習う線形代数の教科書に掲載されているガウスの消去法などの直接解法では,刃が立たないことが多い.また,コンピュータに実装されている実数計算は、浮動少数点演算と言われる手法で行なわれているので,計算を行なえば必ず言わずと知れた誤差が生じることになる.これが大規模な問題になるとコンピュータで計算した近似解の有効な精度に不信感を生むことになる.そこで超大規模な問題に対しても,そこそこ良い結果が得られる反復解法の登場となるのだが,20世紀の半ばに,共役勾配(CG 法ともいう)と呼ばれる革新的な算法が現れた.もちろん,私はこの解法に一瞬で魅せられた研究者の一人でもあるが,研究を始める時点で算法が開発されてからすでに二十数年の歳月が過ぎていた.

<研究は人との出会い>
 研究は人との出会いから生まれ,良き指導者との一言の会話から始まる.また,その思いは言葉で文章に表現することにより実現する可能性があると言われている.

<共役勾配法との出会い>
 共役勾配法の研究のきっかけは,1976年の4月に高橋秀俊先生との出会いから始まった.
それまで大規模な線形方程式の解法,特に定常反復法に興味は抱いていたものの,これに決めたというはっきりした研究目的を持ってはいなかった.たまたま,高橋先生と話をしているうちに非定常反復法である共役勾配法の研究をしてみようかと考えるようになった.
当時は現在のWeb に代表される便利なツールなど存在しなかったので,読みたい論文は世界中にいる研究者に直接手紙を書き,論文を送ってもらうことから始めた.今でもこのときの多くの研究者と親交を深めていることも事実である.
共役勾配法は,ベクトルの直交性を利用した算法で,有限の反復回数で収束するという直接法的な性質を持った今までにない斬新な非定常反復解法である.特に,共役勾配法とLanczos 法(固有値問題の解法)には,数学的な同値関係があり,計算誤差のグラフ理論的な伝搬解析,算法の収束性とベクトル間の直交性の関係など,今でも興味深く思い出すことができる.例えば,完全な直交関係が残差ベクトルや方向ベクトルに成立していなくても,局所的な直交関係が成立していれば近似解に収束する素晴らしい性質を持っている.こうした共役勾配法の研究経験が行列の前処理(preconditioning) の研究やその後のGMRES法に代表される大型で疎な非対称行列系の新しいKrylov 部分空間法の研究の礎となっている.特に,現状では非対称系の算法の開発は一筋縄ではうまく行かず,いろいろ新しい算法が続々生まれてきている.しかし,決定版と言われる算法はまだ現れず戦国時代が続いている.「励めども思いまだ達成されずやぶれかぶれ」である.


<LaTeXなオタク>
どうも新しい物好きらしく,日本語ワープロが現れた時に,たいへん興味を引かれたことを覚えている.最初は,数学の教科書を日本語ワープロで清書することから始めたが,これがたいへんで,数式記号のフォント作成から行なわねばならなかった.また,文書処理という用語に接したのもこの時が最初だったように思う.その後,科学技術の論文や本の記述を主な目的とするTeX と呼ばれる文書整形システムに出会うことになる.
下の数式はS.Ramanujanの不思議なインドの旋律と呼ばれているものであり、LaTeXでタイプセットしたものである.さらに茶運び人形の展開図もLaTeXで記述してある.

茶運人形

 様々な研究成果は,論文と言う形式で理工学分野のjournal に投稿し掲載するのが,研究者の慣わしになっている.TeX は,Stanford 大学のD. E. Knuth 先生により開発された文書整形システムであり,現在ではL. Lanport 氏(当時,DEC) が開発したLaTeXが主流となっている.開発が始まったのは1975 年であり,文書整形のソフトウェアとしては意外と古く,現在も現役のソフトウェアとして使われている.
このTeXのバージョンの付け方が少しユニークで,現在TeXのバージョンは,3.1415926(2008 年3 月) だと思う.このTeX のバージョンは,円周率の値となるように付ける約束になっている.また,「円周率は超越数と呼ばれる種類の無理数」なので,このバージョンの付け方に従えば,かつて巨人軍の有名な野球選手が言った言葉を借りれば「TeX は永遠に不滅です」ということになる.TeX は,コンピュータサイエンスや数理物理学に関する本や論文を記述するのに必要な様々な機能が理論的に構成されている.特に,数式に関しては,他の文書処理システムの追従を許さないものがある.実に美しい文書整形が行なえるシステムの一言につきるのだが,Word のようなWYSIWYG(what you see is what you get) ではないのでなかなか一筋縄ではいかない代物である.このTeX が日本に上陸した時,私は数年間はまってしまった覚えがある.そのおかげで,今ではイッパシのTeXnician になったつもりでいる.TeXnician と言うと聞えが良いが,今で言う“オタク” だ.膨大なコンピュータの計算時間と労力を惜しみなく使って,“TeX 好きなオタク” になったのである.マルコム・グラッドウェル氏(M. Gladwell) の「アウトライアース(outliers)」によれば,どんな才能や技量も一万時間練習を続ければ本物になる「一万時間というマジックナンバーの法則」について実例をあげて述べている.真実は定かでないが,ビートルズもハンブルグのライブハウスで下積み生活を一万時間以上こなし,ビル・ゲーツもしかりである.彼が成功したのは,放課後コンピュータ室に居残り一万時間以上こもって勉学に励んだからと言われている.かといって、私がTEX のタイプセットに一万時間ついやしても,お金持ちにはなれなかったが,一端のTeXnicianになったつもりでいるし、その結果得られた物は大きかったように思う.
 まさに自分の研究生活ではあれもやりこれもやりで,今なおやぶれかぶれの様相が続いている.かの功名な哲学者の言葉をかりて言えば「世界がどうあるかではなく,自分がどう生きるか.」だからかも知れない.「一万時間の法則」を信じているわけではないが,今後も自分がやりたい事を見つければ,知らず知らずの内に一万時間をついやしてしまうのも事実である.一万時間の労力をかける何かを見つけて,果敢にアタックすることも必要なことではないだろうか.

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