新板 窮理図解
中学で英語に触れ、言語による違いに興味を持つようになって、言語学の道へ進んだ杉山さん。
修士課程から米国へ留学し、「意味論」について学んだものの、やがて興味は「音声学」へ移っていく。
音声を物理的な側面から分析し、対象を客観的に捉える点に惹かれたという。
帰国後、母校である慶應義塾大学へ。
語学教師として教鞭をとる傍ら、恵まれた環境の中、研究への取り組みをいっそう深めている。

どのような幼少期を過ごされたのですか?
 生まれは愛知県、両親と弟の4人家族で育ちました。幼い頃から、わが道を行く早熟な子どもで、「幼稚園は暇つぶしに通っている」と発言して、周囲を驚かせたこともあります(笑)。皆でお遊戯をしたり、運動会の練習をしたりするなどの集団行動が苦手でした。本番になればちゃんとやるのに、なんでわざわざ練習するんだろうと思っていました。
 性格は母に似ている部分もありますが、大半は父親譲りです。父は工学系出身で電機メーカーに勤めていたので、仕事の面でも父の要素を受け継いでいます。

集団行動ができなくて、ご苦労されたのでしょうか?
 中学から中高一貫の私立校に通い、自由な校風に救われました。もっとも、合唱大会や文化祭の準備など、集団で取り組むイベントにはなんとなく抵抗があり、サボることばかり考えていました(笑)。
中学で英語の面白さに触れたのが、言語学を志した原点です。さらに、教科書に一部が掲載されていた鈴木孝夫先生の著書、『ことばと文化』に感化され、言語による違いに興味を持つようになりました。
 例えば、日本語には人が「歩く」「走る」といった動作の様態を説明する語彙はそれほど多くはありませんが、英語にはrun(走る)だけでなく、scurry(ちょこちょこ走る)、scuttle(慌てて走る)、trot(小走りで歩く)など、さまざまな言葉があります。三段跳びのHop Step Jumpも、日本語だと「跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ」としか表現のしようがありません。その代わり、日本語は擬態語や擬音語がとても多い。このように、言語によって表現の仕方が異なることで、世の中の見え方も違っているのかもしれないというのが、最初に抱いた興味です。
 そこで、より深く言語について学びたいと思い、慶應義塾大学へ進学しました。慶應大学には、言語学科はありませんが、一般教養科目に言語学があり、言語学関係の授業が豊富なところも魅力でした。曽祖父の出身校だったことも慶應を選んだ理由の1つです。結局、教養科目として履修した言語学の先生の勧めで、2年生から英米文学科に進学しました。 
 また、三田キャンパスにある言語文化研究所の先生方の授業を受けることができるのも、慶應ならではでした。言語学分野にはさまざまな教授陣がいらして、実のある学生生活を送ることができました。

では、学生時代は勉強に集中されていたのですね。
 入学してすぐ、KESS(慶應義塾大学英語会)に入りました。仲の良い友人はできたのですが、サークル全体の雰囲気になじめず1年で辞めてしまいました。その後、インカレの国際交流組織に所属して、海外から来た学生とともに代々木のオリンピックセンターで合宿をしたり、私自身もフィリピンやノルウェーなどに行ったりして、他国の文化やコミュニケーションを身をもって経験しました。