新板 窮理図解
スパイに憧れていたと驚きの少年時代を語った、金子さん。
その情報を精査する目は鋭い。
一方で、情報(コンテンツ)の使い方しだいで世の中は現在よりずっと豊かで面白くなると、
その流通に懸命に取り組んでいる。

観察好きな子供時代
 工事現場でショベルカーの動きを延々と見続けているような子供でした。実は今もそういうところがあって、人の動きなどを見るのが好きですね。話しかけたりはしませんが、何をしているのかな? それは何のためなのかな? と考えながら見ています。
 例えば、空港のチェックインカウンターにいたスタッフが、搭乗口にいることに気づいて、どのタイミングで移動するのかな、どうしてそのタイミングなのかなと考えるのです。実際に見えるのは、スタッフの動きのごく一部分ですが、その部分が全体のシステムの中で、どんな意味をもっているのかを考えるのが好きなんです。時には、航空会社の違いが垣間見えてきたりして、面白いです。

夢は007
 スパイになりたいと思っていた時期がありました。きっかけは、『世界の名探偵50人』のような本を読んだことでした。その中で007が一番格好よかったのです。ただ、スパイになるための本はありませんから、スパイに求められることは自分でマスターするしかないと考えていました。知識、体力、忍耐力、感情のコントロールを習得するために、いろいろな本を読んで試しました。また、スパイは基本的に異国の地で活躍するものですから、限られた情報からきちんと理解しなくてはなりません。その時に情報の真偽を判断する力はどうやったら身につくのだろうと考えましたね。
 この点は、親の教育も影響していたと思います。幼い頃から、家には複数の図鑑や百科事典があり、自然と見比べていました。図鑑によって書き方が違うし、中には間違っていることもありました。

慶應義塾大学に来るきっかけは?
 東京大学時代の指導教官の青山友紀教授は、NTTで4K技術の研究に関わっていた経験をもつ方でした。博士課程2年の時に、就職をどう考えているかと聞かれ、「特に考えていません」と答えたら、「会社もいいけど大学もいいんじゃないか、私が考えておくから」とおっしゃり、後日、ある国際会議で慶應義塾大学の先生に引き合わせてくださり、慶應義塾大学を勧められました。
 こうして2006年に慶應義塾大学のデジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(2011年に改組になりデジタルメディア・コンテンツ統合研究センター、以下DMC)に勤務することになりました。 2012年4月からは理工学部情報工学科の専任講師に着任し、DMCは兼任することになりました。
 古今東西のデジタルデータを相互に接続する超大規模な情報ネットワークをどのように設計するか、そのネットワークを軸に展開するサービスからそのネットワークを支えるIT技術までを一貫して考えている人は、世界的にも他にいないと思います。