新板 窮理図解
「逆スピンホール効果」というスピントロニクスの発展に欠かせない現象を発見した
齊藤英治先生のもとで、とびきり優秀な仲間とともに、研究に没頭した学生生活。
その研究生活の支えとなったのが、先生や仲間とのディスカッションだった。
それは現在の安藤さんの研究においても、学問を究めるうえで欠かせない重要な柱となっている。

どんな幼少期を過ごされたのですか?
 出身は、愛知県稲沢市というところです。ちょうど名古屋と岐阜の中間くらい、名古屋から電車で10分程度というベッドタウンで高校まで過ごしました。
 両親も妹も、親戚も、理系にはまるで縁のない一家に育ちましたが、なぜか幼い頃から図鑑が好きな、マニアックな子どもだったようです。覚えているのは、ミニカーを集めていたことですね。とにかく車が好きで、通りすぎる車の車種をすべて言い当てることができたと親が言っていました。今は車すらもっていないのですが……(笑)。ハマったら熱中するタイプの子どもだったようです。
 それから、小学生の頃から理数系が得意で、夏休みの宿題は友達と分担して、自分は理科と算数を担当していました。ただ、実験はあまり好きではありませんでしたね。どちらかというと、頭で考えることが好きだったのかもしれません。
 ちなみに、電車通学が嫌だったので、小中高と一貫して、すべて家から徒歩や自転車で通学できる公立校に通っていました。家からだと多くの私立校が名古屋方面にあって、朝の通勤ラッシュに巻き込まれることは目に見えていましたからね。実は、大学で慶應に進学した際も歩いて通える日吉に住んでいましたし、今も大学のそばに住んでいるんですよ。

photo何か、スポーツなどはされていたのですか?
 ええ。小学校のときはサッカーをやっていたし、中学のときはバレーボール部に所属していました。ただ、中学の部活の先生がとても厳しくて、それで嫌になってしまい、高校では部活には入らずじまいでした。そもそも、愛知県の公立高校は勉学重視で、厳しかったですからね。とはいえ、熱心に取り組んでいたのは、相変わらず数学と物理でした。その頃から、漠然と研究に憧れはもっていたように思います。
 本来なら、このまま地元の名古屋大学を目指すのが普通なのですが、どうしても親元を離れて一人暮らしがしてみたかったこともあって、大学は慶應大学理工学部に進学しました。そして、2年からは物理情報工学科へ。当時はまだ、何の研究をやりたいのかよくわからなかったのですが、物理学科と比較して、物情のほうが将来の選択肢の幅が広くて、なにかすごいことができそうな気がしたのです。和気あいあいとした学科の雰囲気も進学の決め手になりました。