新板 窮理図解

数学に興味を持ったきっかけは?
 数学に本格的に興味を持ったのは高校に入ってからでした。当時はやってみたいと思うことがたくさんありました。アインシュタインの相対性理論などの話を聞きかじって物理を勉強してみたいと思ったり、生態系のモデリングの理論を勉強してみて、人間社会についてもうまくモデリングできたらいいなあと思ったり、人間よりも優れた人工知能(AI)を作って友達になってみたいと考えたり、自然言語よりも正確に多くの情報を伝える言語を作ってみることができないかと考えてみたり、理想的な社会制度を立案することで世界平和を達成できたらいいなあと考えたり、映画の台本や小説を書いてみたいと思ったり、とにかく将来、何でもかんでもやりたいと思っていました。やることを限定することはもったいなく理不尽に感じ、何とかならないものかと考えていました。そんなとき、数学がいいかも、と思える出来事に遭遇したのです。
 そのきっかけは化学の授業でした。化学反応による物質の濃度変化の計算に、ある微分方程式が現れたのです。それは数学の授業で計算したばかりの方程式で、その時は何とも思いませんでした。しかし、その直後に受けた生物学の大学講義でも、生態系のモデルで動物の個体数を計算するときに、全く同じ微分方程式を解くことになりました。あれ?と思いつつ、さらに経済学の授業で全く同じ微分方程式が利用され、数学の1つの抽象的な微分方程式が、幅広い分野で具体的な意味を持って使われている様子を目の当たりにしたのです。何をするにも数学は使えると思いました。
 その思いは、ヘルマン・ヘッセの『ガラス玉演戯』(※)を読んでから、さらに膨らみました。この小説は架空の未来の世界の物語で、数学を始めとして物理化学法則、音楽、詩や芸術などを全て統合して作られた「ガラス玉演戯」と呼ばれる知的芸術遊戯の名人の伝記、という形で書かれています。数学を究めることができれば、化学・生命現象や経済学だけでなく、音楽・文学や芸術までをも全て捉えることができる!と思えるようになったのです。

数学が多分野で使われていることに気付かれたとのことですが、実際に数学を研究されている今、どう思いますか?
 数学には事物を抽象化し、その本質を抜き出す力があります。複雑さを増している現代社会でこそ、数学の抽象化の力が活用できると感じます。様々な価値観の人がいるとき、表面的な差が大きく歩み寄るのが難しく感じることもあるかと思います。しかしながら、全員が達成したいことを十分に考え抜くと、実はやりたいことは本質的には変わらないことに気がつきます。具体的な手段や個別の事情に固執しすぎて共通点がなさそうな場合にも、問題を正しく抽象化して捉えると、同じ土俵に立つことができ、どの解決策が良いかについて冷静に議論できると思います。
photo 数学自身は主に方程式や幾何的図形などの対象を扱いますが、抽象化をはじめとする数学の問題解決の考え方自体は、実社会でも非常に貴重な道具になるのではないかと再認識するようになりました。
 今後、私としては、数学の潜在力を存分に発揮させるために、抽象化をはじめとする数学の様々な問題解決手法を習得した人材をどんどん社会に送り出したいと考えています。それにより、例えば縦割りの弊害で悩む組織などで、組織としての目的の本質的な部分を正しく抜き出して、統一した方向性を生み出すことを期待しています。 だからこそ、学生さんには個別の具体的な問題だけでなく、抽象数学もきちんと学んでほしいと思っています。具体的な問題は裏を返せば、結局、応用範囲が狭いですし、個別の事情が複雑に絡むことから問題としても難しいことが多いのです。最初は取っ付きにくいかもしれませんが、抽象数学の明快さと応用範囲の広さは壮観です。

(※)ガラス玉演戯:ドイツの作家ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)の著作。