慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
09 末永聖武 尊敬できる師匠との出会いがあったから、今の自分がある

海洋シアノバクテリアから次々に未知物質を発見し、その有用性に迫ろうとしている末永さん。
研究者としての心得も指導者としての在り方も、大学時代に出会った師匠から受け継いでいる。
化学に特に興味のなかった少年が、
どのようにして未知物質探索に夢中になっていったのだろうか。

 

1 偉大な師匠との出会い

どんな子ども時代を過ごしたのでしょうか?
 福島県会津生まれの仙台育ちです。ノンビリしたところで育ったので、周囲に塾に通っている子どもはいませんでしたし、親に勉強しろといわれたこともありませんでした。だから、中学校くらいまでは家で勉強をしたことがほとんどありません。
 小さい頃は、国鉄(現在のJR)に勤めるものと思っていました。わが家は曾祖父の代から3代続いて国鉄職員で、私は国鉄の官舎で育ちました。実は父は、東北新幹線の初代運転士の1人だったんです。私が小学生の頃、東北新幹線の開通に向けて父が運転士になるための勉強をしていたのを覚えています。私の子どもは、何をやっているのかわからない私よりも、私の父のことを尊敬しているようです。

化学に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょう。
 宇宙にあこがれた時期もありましたし、大学に入るまでは物理の方が好きでした。しかし、大学で研究室を選ぶ頃には、天然物や複雑な物質に興味をもつようになっていました。ただ、当時の名古屋大学の理学部化学科で有機化学系に進むのは、ちょっとした覚悟が必要でした。後にノーベル化学賞を受賞することになる野依良治先生と、僕の師匠の山田靜之(きよゆき)先生が研究室をもっていたのですが、どちらもとても厳しい先生だったんです。結局、私は山田先生の研究室に行きました。

どんな雰囲気の研究室だったのでしょうか?
 所属した当初は知らなかったのですが、山田研究室はとても伝統のある研究室でした。山田先生の前任でかつ師匠の平田義正先生は、フグ毒のテトロドトキシンの研究で世界的に有名な方です。クラゲの発光物質の研究で、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩(おさむ)先生は平田先生の研究室で研究していたことがあります。私は、偶然にも天然物化学がもっとも盛んな場所の1つに身を置くことになったんです。
photo 今でも「生物活性分子の化学」という学部3年生向けの授業のはじめに、師匠である山田先生の「ワラビ発がん物質」の研究を紹介しています。植物のワラビが原因で家畜が中毒を起こすことが知られていて、19世紀からヨーロッパを中心に研究が行われていました。その過程で、ワラビに発がん性があることがわかり、この発がん物質を突き止めようと世界の多くの研究者がしのぎを削っていました。
 しかし、この発がん物質はとても不安定で壊れやすい上に、抽出分離の指標となる簡単なテスト法が確立できなかったためになかなか捕らえられませんでした。それを山田先生は、温和な抽出分離法を編み出し、長い年月と大量の抽出試料を必要とする発がん試験を地道に行うことで突き止めたのです。
 これは、師匠の研究だということを抜きにして、間違いなく歴史に残るすばらしい研究です。ちなみに、調理すれば発がん物質は完全に分解するので、安心して食べることができます。このことも、この研究で明らかになりました。

 

 

1 偉大な師匠との出会い
2 研究人生のスタート
3 家族や学生との時間を大切に
Profile 末永聖武 化学科 准教授
専門分野は天然物化学。海洋生物からの生物活性物質探索に従事。現在は、海洋シアノバクテリアを中心に研究を進めている。1992年名古屋大学大学院理学研究科に入学。1995年同大学理学部化学科助手になるため中退。1997年博士(理学)を取得。その後、静岡県立大学薬学部助手、筑波大学化学系講師等を経て、2006年慶應義塾大学理工学部化学科助教授、現在に至る。1998年には井上研究奨励賞、2003年には日本化学会進歩賞を受賞。
 
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