慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
09 末永聖武 2 研究人生のスタート

人生最初の研究はどのようなものだったのでしょうか?
 アメフラシという大きなナメクジみたいな海洋生物からとれるアプリロニンAという物質の合成でした。アプリロニンAは山田研究室で発見された抗がん物質なんですが、アクチンに作用する点が当時非常に珍しかったのです。修士2年の終わりに、あと一歩というところまで行ったんですが、最後の反応がどうしても進まなくて、結局、万策つきてしまいました。仕方なく、ずっと手前の物質まで戻って改めて合成方法を組み立て直しました。9合目まで登ったのに、アッという間に3合目までずり落ちてしまった気分でした。それでも、途中で投げ出すわけにはいかないと頑張りました。合成に成功した時には、博士1年の終わりを迎えていました。
 なお、この物質の作用機構の研究は山田先生の弟子の木越先生(筑波大学)が引き継がれています。最近、学会で講演を聴いたのですが、新たな展開が見えてきたようです。
 合成が完了したので、博士に進んだらやりたいと思っていた「単離と構造決定をやらせて欲しい」と山田先生にお願いする決心をしました。誰かが単離・構造決定したものを合成するのではなく、自分で新しいものを見つけたかったんです。そうしたら、先に山田先生の方から「単離をやれ」といわれました。何もいわなくても、気持ちは伝わっていたんだと感じましたね。
photo 当時、タツナミガイにどうしても捕まえられない物質がありました。それは、活性が非常に強いのですが、量が極端に少なかったんです。タツナミガイ250 kg分のエキスを材料に、地道な単離作業を繰り返して、最終的に0.5 mgほどのオーリライドという物質を採取しました。これまでにとった物質の中でも、かなり少ない量です。そのサンプルを使って2種類の構造決定の実験をして、天然のオーリライドはすべて使い切ってしまいました。この実験は緊張しました。構造が決定できれば合成できるので、1.5 gほどを合成して抗がん作用を動物実験で確認したりもしました。しかし、毒性が出てしまい医薬にまでは至りませんでした。

学生の頃から、研究ではたいへんな経験をされたのですね。
 実は、この時はすでに助手になっていました。前任の助手が助教授として他の研究室に栄転されたこともあって、私は博士1年の2月に中退して助手になりました。ですから、研究者になろうとか、今後どうしようとか考える間もなく、研究の道に進むことになりました。

 

 

1 偉大な師匠との出会い
2 研究人生のスタート
3 家族や学生との時間を大切に
Profile 末永聖武 化学科 准教授 専門分野は天然物化学。海洋生物からの生物活性物質探索に従事。現在は、海洋シアノバクテリアを中心に研究を進めている。1992年名古屋大学大学院理学研究科に入学。1995年同大学理学部化学科助手になるため中退。1997年博士(理学)を取得。その後、静岡県立大学薬学部助手、筑波大学化学系講師等を経て、2006年慶應義塾大学理工学部化学科助教授、現在に至る。1998年には井上研究奨励賞、2003年には日本化学会進歩賞を受賞。
 
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